大崎善生さん(左)と藤井聡太王位=2023年11月7日、東京都千代田区のイイノホール&カンファレンスセンター
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 注目対局や将棋界の動向について紹介する「今週の一局 ニュースな将棋」。専門的な視点から解説します。AERA2024年8月26日号より。

【貴重写真】和服じゃない!スマホ片手にデニム姿の藤井聡太さん

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 8月3日、大崎善生さんが亡くなられた。66歳だった。

 将棋界を長く見続けてきたオールドファンにとっては、大崎さんの名はなじみ深いものだろう。大崎さんは1991年から2001年までの間、月刊誌「将棋世界」の編集長を務めた。羽生善治現九段が全七冠独占を達成し、史上空前の「羽生フィーバー」が起こった前後の頃で、当時の出版物を読み返してみると、時代の高揚感と、大崎編集長の新鮮なセンスが感じられる。

 羽生九段のライバル・村山聖九段(1969−98)の人生は、大崎さんの著書『聖の青春』で鮮やかに描かれた。村山九段の命日は8月8日。29歳という若さで亡くなった大天才の生涯は、今後もその棋譜とともに、大崎さんの名著によって振り返られるだろう。

 志を得られず将棋界を去っていった元奨励会員のことを書いた『将棋の子』もノンフィクションの傑作だ。勝敗という冷酷な現実によってほとんど全てが決まる世界にあって、勝者ならざる多くの者に向けられた大崎さんの視線は、常に優しかった。

 大崎さんは日本将棋連盟の職員を退職してからは『パイロットフィッシュ』『アジアンタムブルー』など、多くの小説を発表。将棋界という枠を超えて活躍した。

 2023年11月。大崎さんは藤井聡太王位の就位式で祝辞を寄せた。このとき、大崎さんは咽頭がんで声帯を摘出し、声が出せなかったため、妻の高橋和女流三段が代読した。

「多くの子どもたちが幼少の頃から羽生さんの言葉や考えを体に染みつけていった。そんな大勢の子どもたちの代表選手こそが藤井聡太さんということなのではないでしょうか」

 藤井八冠の誕生を見届けてから、大崎さんは天国へと旅立たれた。謹んで御冥福をお祈りいたします。(ライター・松本博文)

AERA 2024年8月26日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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