厨房で腕を振るう佐藤さん(「マンダリン オリエンタル ハイド パーク ロンドン」提供)

 海外に渡ると、レストランの厨房ではたくさんの女性シェフが働いており、職場環境に大きな問題は感じなかった。女性が寿司を握っていても、現地の人は日本人客ほど驚かない。それでも、料理長クラスの「トップシェフ」に就く女性はほんの一握りだった。

先進国でも立ちはだかる“男女の壁”

 寿司職人に限らず、料理人の世界はどうしても夜遅くまで働くことが常態化している。女性の場合、体力のある20代、30代のうちは乗り切れても、40代以降は身体的な負荷を痛感することが増えるという。特に、家庭を持って子どもを育てながら働くとなると、ハードルはさらに高くなる。

「一生をかけて寿司シェフの道を極める覚悟で働いている女性は、ほとんどいないと思います。実際、ドイツのレストランで一緒に働いていた同僚で、まだシェフを続けている女性は一人もいません。ロボットがお寿司を握っていても、『はいはいOK』って受け入れられるくらいの柔軟な社会にならない限り、この状況は変わらない気がします」(佐藤さん)

 女性が働きやすい社会を目指し、いち早く改革が進められてきたヨーロッパの先進国でさえ、歴然と立ちはだかる男女の壁。佐藤さんは、周りから次々に女性シェフがいなくなっていく寂しさを思い返す。

「ずっと孤独でしたよ。男の子たちは『ビール飲みに行こうよ』とか『サッカーのスペインチームがさー』なんて盛り上がっているけれど、そんな話、一緒にできないじゃない? どうやって孤独と闘い、モチベーションを作っていくかが課題でした。私の場合は、自分のおもてなしに対してお客さんから『ありがとう』と言ってもらえたり、『美穂の味が好き』と認めてもらえたりすることに何よりの喜びを感じられたから、今まで続けてこられたのかなと思います」

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「魚は嫌い」と言う客も