キム・マンリ/身体表現芸術家。ポリオ後遺症により首から下が弛緩性麻痺の重度障碍者。身体障碍者による身体表現を先端的芸術として発信する集団「態変」主宰者。2016年社会デザイン賞優秀賞受賞。22年大阪市市民表彰・文化功労部門受賞(撮影/MIKIKO)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

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 障碍者だけのパフォーマンス集団「態変」を主宰する金滿里さんが自ら綴った半生記。「舞台では座長としての背負い方がありますが、この本は個に近く、私から出て私にしか書けないもの」。新装復刻本では寄稿とあとがきが加わった。チャーミングで重厚な造本に心つかまれ、その壮絶な半生で得た深い気づきが生きる力となって読む人に向けられる。傍にあると嬉しく、心強い一冊となった『生きることのはじまり』。著者である金さんに同書にかける思いを聞いた。

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〈私の生い立ちには、徹頭徹尾、普通ということが何一つない〉から始まる金滿里さんの半生記。絶版だった本が28年ぶりに新装復刻本として蘇った。文庫本サイズでハードカバー。手に取って感じる小さな重みは、まるで心臓のようで、内容に通じる重みだ。

 執筆の動機は子の存在。「息子が12歳になるまでに出そうと決めていました」と金さん。

「私がどう生きてきたか、記憶が消えないうちに経験した本当のところをまとめて、困った時には何かヒントにしたらいいよという気持ちでした」

 朝鮮古典芸能家の母のもとに生まれた生い立ち。3歳でポリオを発病し、首から下が全身麻痺の重度障碍者になり4年間入院、10年間を障碍児施設で過ごした経験。障碍者の自立解放運動に出会い、家を出て他人による24時間介護の自立生活へ。組織を離れ、劇団「態変」の旗揚げ、出産、介護者の手を介した育児。

 半生を通して貫くのは、自分の気持ちに正直になろうとする姿勢だ。

「施設にいた中学時代、友だちとつながるのにどういう言葉で話すか悩んだ時期、頭の上から自分たちの状況を要約するような言葉は使わないと決めました。底辺からものを言う価値観に降りたんです。人間のエゴを見つめ、自分の心の奥底に降り立って何を感じているか、正直に自分の声を聞き、本音を見つめる。今でも変わらず芯の部分です」

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