「インクルーシブ」「インクルージョン」という言葉を知っていますか? 障害や多様性を排除するのではなく、「共生していく」という意味です。自身も障害のある子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出合った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えます。
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子どもたちは夏休みに入りました。夏の風物詩のひとつに高校野球があります。つい先日、東京都立青鳥特別支援学校のベースボール部(硬式野球部)が全国高校野球の地方大会に出場したというニュースを見ました。かつて高校野球の地方大会にろう学校出場した例はありますが、特別支援学校が参加するのは初だったようです。結果は敗退でしたが、「最後まで野球ができたことが、全国で硬式野球をしたいと思っている障害のある子どもたちに勇気を与えられたならうれしい」という監督の言葉が胸に響きました。
今回は障害のある子どものスポーツについて書いてみようと思います。
「手加減してやれよ」
青鳥特別支援学校の地区大会の記録は、0対66の5回コールド負けでした。部員が一生懸命戦ったのはもちろんですが、勝利した相手校も本気で挑んだ結果なのだと思います。
このニュースを見て、夫が以前、話してくれた中学生の頃のできごとを思い出しました。
「昼休みに野球をしていたら、特学(現特別支援学級)の子が入ってきたことがあって。オレがピッチャーだったんだけど、普通に投げて三振取ったら“手加減してやれよ!”って怒ったやつがいてさ…」
夫は手加減するのは失礼だと思い、他の友人と同じように投げたところ、周りからかなり批判されたとのことでした。
話を聞いた当時、私にはまったく知識が無かったので、夫の言うことは正論だと思いつつも、批判した側の言葉も理解できました。でも、障害のある子どもを育てる立場になり、今は夫の考え方はとてもナチュラルだったのだと思います。障害の有無は関係なく、お互い「野球を楽しむ者同士」だったのですね。
特別視することなく
足が不自由な息子にも今までに同じようなことがたびたびありました。特に印象深いのは、幼稚園年長と小学校6年生の運動会の全員リレーです。文字通り、クラス対抗で学年の子どもたち全員が走る競技であり、さらにどちらも最高学年の伝統種目になっていました。
息子は歩くことはできますが、この頃は地面にかかとを着くことができず、常につま先立ちの状態でした。彼が走っても周りのお子さんの歩く速さと同じくらいだったため、親としては息子がいるためにクラスが負けてしまうのではないかとハラハラしていました。