そうした製造業が廃業して、失業者があふれて出現したのが、ラストベルト(さびついた工業地帯)と言われるアパラチア山脈周辺の地域だ。

 副大統領候補となったバンスはラストベルトの一画にあるオハイオ州ミドルタウンで1984年に生まれた。

〈私は「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる一帯に位置する、オハイオ州の鉄鋼業の町で貧しい子ども時代を送った。記憶をどれだけさかのぼってみても、当時から現在にいたるまで、その町は、仕事も希望も失われた地方都市であることに変わりはない。控えめに言っても、私と両親との関係はかなり複雑だった。一方の親は、私が生まれてからずっと薬物依存症と闘っている。私を育ててくれた祖父母はどちらも高校も卒業しておらず、カレッジを卒業した親類もほとんどいない〉

 バンス自身は、そうした家庭環境のなかで高校卒業後海兵隊に入隊した。イラクにも駐在したのち大学に進み、そしてイエールのロースクールの一年生の時に書いたのがこの自伝『ヒルビリー・エレジー』(関根光宏・山田文訳 光文社)だ。

 その『ヒルビリー・エレジー』がアメリカで出版されたのは、2016年6月。トランプが大統領に当選する年に出されたこの本は、なぜトランプが勝ったのかを説明する本として話題になった。

 第一次のトランプ政権の副大統領になったマイク・ペンスはNAFTAやTPPなど様々な国との自由貿易協定に賛同するなど経済政策でも共和党主流派に属する人物だった。この時点では、トランプは、富裕層の共和党と言われる主流派とのバランスをとっていた。

 が、2016年や2020年の大統領選挙で、所得が下の層がトランプに、上の層がヒラリーやバイデンに投票したという傾向がはっきりとあることがわかると、それをもかなぐり捨て、ラストベルトを体現する副大統領候補を選んだのである。

 今度の大統領選挙はまさに分断された社会の二人のイコンが戦う選挙になるだろう。トランプ銃撃をレーガン銃撃になぞらえて、トランプの地滑り的な勝利を予想する識者がいるが、そうはならない。これは、ポルノ女優への口止めで、起訴され、有罪評決が出ているにもかかわらず、まったくトランプの支持率に影響がないことの逆である。

 それほどにアメリカの社会は分断されているのだ。

 これは、フランスで「国民連合(RN)」と「新民衆戦線(NFP)」が伸張している原因にも応用できる命題だと思う。

 日本はどうだろうか? 日本の場合、左右両極は、まだこうした人々の不満を票に結びつけるだけの戦術をもっておらず、ネットでの独立系候補が脚光をあびるだけの状態だ。

 が、いずれ左右両極でそうした海外の戦術をとりいれる勢力が現れるだろう。

 そしてトランプをはじめ、そうした政治家が推し進める政策は、支持基盤である貧困層のためにもけっしてならないだろう。

AERA 2024年7月29日号