おぎわら・ひろし/1956年、埼玉県生まれ。広告制作会社勤務、コピーライターを経て作家に。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、16年『海の見える理髪店』で直木賞を受賞(撮影/写真映像部・東川哲也)
この記事の写真をすべて見る

 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

【写真】「笑う森」はこちら

 樹海のような深い森で発達障害を持つ5歳の男の子が行方不明になる。1週間後に無事保護されるが、一人でどうやって生き延びたのか。母親と叔父が探るうち、訳ありの人々が森に立ち入っていたことがわかる。死体を遺棄しにきた女、ユーチューバーの男、組の上納金を持ち逃げ中の男……。彼らと男の子の遭遇を描く長編小説『笑う森』。著者である荻原浩さんに同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

 樹海のような森が人間をあざ笑う。「笑う森」という題名はそんなイメージからつけられた。

「人間より長生きしている樹齢何百年の木は、いろんなことをわかっていて、こちらを眺めて笑ってるんじゃないかと思ってしまうんです」

 と荻原浩さん(68)。暗くて恐ろしい森は、逆にそこに来た人間の小さな良心を際立たせる。森に迷い込んだ5歳の男の子は、保護されるまでの1週間に4人の大人と次々に出会っていた。

 しかし、死体を捨てに来た女、組の金を持ち逃げした男など、事情のある人ばかりで、誰も男の子の発見を警察に通報することができない。通報できない彼らは男の子のために何をしたのか? 母親と叔父が調べるにつれ、それぞれの人生模様が見えてくる。

 男の子の1週間の行動が不明だったのは、彼が自閉症スペクトラム障害でほとんど話さないからだ。ストーリーでは大事な点だが、荻原さんは関係者ではない自分が障害や病気について書くことに後ろめたさを感じるという。

 ただ、荻原さんには若年性アルツハイマー病を世間に広く知らしめた実績がある。

 2005年に若年性アルツハイマー病の男性を主人公にした小説『明日の記憶』がベストセラーになり、渡辺謙主演で映画化された。患者団体の人からは「知ってもらえてよかった」と言われた。あちこちで講演を頼まれるようになり、講演料はすべて患者団体に寄付した。

次のページ