■シャッターチャンスの神が微笑む理由は
「日の出より前にサバンナに出てはいけないとか、同じ場所に5台以上の車がいてはいけないとか、ほかの車が来たら滞留時間は10分だけとかね。例えばライオンがじっとしていると観光客が集まってしまうので、そこでシャッターチャンスを待ちつづけることが許されないんですよ。セレンゲティでは、まったくそういうことはないんですけどね」
そんななか、制約なしに待つことができたのが、冒頭の「ゾウの家族の川渡り」だ。早朝に出合った群れの動きを見て、「これは川を渡るな」と待つことにしたが、「岸辺で草を食んだり、なかなか川に入らなくて。ゾウをやり過ごして、ほかの動物を探しに行ったほうがいいんじゃないか、という思いが頭を過(よぎ)りました」
だが、思ったとおり、群れはやがて川を渡りはじめた。結果として、偶然通りかかった地元のマサイ族の人々もめずらしいと興奮するほどの、貴重な瞬間を捉えることができた。
「ゾウはかなり見てきたから、だいたい動きがわかるんです。僕が注視していたのは赤ちゃんゾウ。赤ちゃんゾウの動きが撮れれば『撮れた』(納得のいく作品になる)と思って、そればっかり見ていましたね(笑)」
テレビ番組などで岩合さんの撮影風景を見ていると、動物に好かれ、シャッターチャンスに遭遇する“何か”を持っているに違いない、と感じてしまう。
だが、以前撮影に密着させていただいたとき、ひたすら「待つ」からでもあるということを、強く実感させられた。被写体となる動物たちに自分から近づくようなことはけっしてせず、動物が岩合さんを認め、安心していつもの表情や動きを見せるまでじっくり時間をかけてつきあう。
だからこそ、シャッターチャンスの神も微笑むのかもしれない。わずか20日間の滞在とはとても思えない数々の場面が、そのカメラには収められている。
「動物たちをよく見ることと、タイミングをはかること。これまでの経験と、あとは、案内してくれるドライバーの腕前と僕の腕前と、いろいろなことが絡み合ってうまくいった気がします」と岩合さんは言う。
「僕は71年に初めてマサイマラに行ったんですが、以来、何度も訪れている。50年以上を経てこの場に立っているので、それだけの年数が加味されていると考えていただいていいと思います。20日間では、とてもこれだけ撮れない(笑)」