12歳のジョージー(ローラ・キャンベル)はロンドン郊外のアパートで独り暮らし。母の病死後、彼女は教師やソーシャルワーカーの目をかいくぐり、居場所を守ろうと知恵をめぐらせてたくましく生きてきた。そんなある日、父親だと名乗る怪しい男(ハリス・ディキンソン)が現れて──!? 「SCRAPPER/スクラッパー」で脚本も務めたシャーロット・リーガン監督に本作の見どころを聞いた。
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困難な状況にある子ども、というモチーフに興味がありました。私はジョージーと同じく労働者階級で育ち、周囲には親のいない友だちや十分な養育を受けられない友だちがいました。でもそんな状況にあっても子どもたちは魔法のようなものを信じ、日々を楽しく過ごしていた。そこから本作のアイデアを思いつきました。私自身が近年、父と、親しかったシッターを亡くしたことも関係しています。悲しみから立ち直るためのセラピーのような意味もありました。
ジョージーは母を亡くしたあと独りでたくましく暮らしています。彼女が福祉の手から逃れようとするのは、この物語が子どもの視点から描かれているからです。子どもたちは福祉の関係者を「怖い」と刷り込まれます。都市伝説みたいなものです。連れていかれると自由がなく、友だちや慣れ親しんだ環境から離されてしまう、と。ただ私の友人にもソーシャルワーカーがいて、彼らは少ない給料に苦労しながらも素晴らしい仕事をしています。大人になるといろいろわかるんですけどね(笑)。
私は常々、イギリスの労働者階級を描いた映画は悲しくつらいものが多すぎると思っていました。そこで育っていない人が「彼らは不幸で大変なんだ」と描いているからだと思います。見下されているようにも感じます。実際にはユニークで楽しい人も大勢います。なにより私は観て暗い気分になる映画は好きじゃないんです。
ただ現実は厳しいです。世界中でも同じかもしれませんが、イギリスでは物価がどんどん上がり、フードバンクの利用者数が過去最高になっています。それでも子どもたちは自分が「何かを持っていない」とは考えずハッピーに暮らしています。ジョージーのように。それを素晴らしいと思うのです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年7月15日号