渡辺:僕に関していえば、昨年の5月頃から記憶がない。多忙すぎると、脳は新しい記憶を消していくんでしょうか。しかも全てが初めてのことばかり。昨年、たくさんの番組に出演させてもらいましたけど、手応えがあったことは、ほとんどないです。つねにテンパっていましたし、基本、何かしらのミスは絶対していたと思います。ちなみに、あるバラエティー番組では30回くらいスベり続けたこともあります。大げさじゃなく、全コメント、スベりました(苦笑)。

長谷川:僕も突然話をふられて、うまく返せないことが多かったです。1日何本もテレビ収録が重なったりするのも大変でした。まず有吉さんに会って、その次は、くりぃむしちゅーさん、最後はさんまさんに会うとか、もうみんなすごい人ばかりで、訳が分からない。さらに、その現場には、芸人さんだけじゃなく、俳優さんや文化人の方々もいるし、それぞれの現場には緊張感もある。そんな経験をして家に帰ると、脳がずっと興奮していて、休めないんです。

渡辺:有名人の方々は会うだけで体力を奪っていくんだなということを初めて知りました(笑)。

――では、ブレークした2022年は、実は「苦しかった」という印象でしょうか。

渡辺:たしかに多忙ではあったんですが、それが「苦しかった」というわけではなかったです。以前を考えると、想像もつかないような仕事ができているわけですから、「楽しい」という思いのほうが圧倒的に強かったです。ただ人生が一気に激変したので、とにかく「とまどった1年だった」ということはいえると思います。だって、冷静に考えてみてください。僕らは、少し前までバイトしていた、ただのおっさんですから(笑)。だから、もう途中からは、仕事に対して、「僕らみたいなおっさんがうまくできるわけねえよ」と、難しく考えるのは一切やめました。

長谷川:僕も途中で、いい意味で開き直れた気がします。「どうせうまくできないんだから、できないなりにとにかく全力を出せばいい」と。僕の年齢になって開き直るっていうのはどうなんだろうとも一瞬思いましたが、「深く考えても2人とも経験したことがないんだし、もう仕方ない」と自分に言い聞かせました。すると、だいぶ楽になりました。

渡辺:だから、多忙でしたけど、落ち込むってことは2人ともほとんどなかったと思います。ギスギスした瞬間もありませんでしたし。改めて振り返ると、共演した全ての人から刺激をもらえて、ほんとうにありがたい1年でした。何より、僕ら2人がこうなっていること自体が奇跡なので、もう感謝の気持ちだけです。せっかく貴重な経験をたくさんさせてもらえたんですから、今後はそれをもっと生かさないといけません。お世話になった方々に、「錦鯉に仕事を任せると安心だ」と思ってもらえるような芸人に、いずれはなりたいです。

(聞き手・構成/AERA dot.編集部・岡本直也)

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