伊能洋(いのうひろし)/ 1934年、東京生まれ。59年武蔵野美術学校卒。同校研究科修了。日本美術家連盟会員。64年から椿近代画廊、銀座アートホールなどで「麻の会」展を主宰する。
伊能洋(いのうひろし)/ 1934年、東京生まれ。59年武蔵野美術学校卒。同校研究科修了。日本美術家連盟会員。64年から椿近代画廊、銀座アートホールなどで「麻の会」展を主宰する。
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 人生100年時代といえど、死ぬまで元気な姿でありたいもの。90歳前後のシニアが元気でいるコツは? 89歳の今も画家として活躍する伊能洋さんに聞いた。

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「画家を続けているのは、他にできることがなかったからですよ」

 今年89歳になった画家の伊能洋さんは、そう言ってほほ笑む。

 伊能さんは、江戸時代に日本全国を測量した伊能忠敬から数えて7代目の子孫である。

 伊能さんが絵を描き始めたのは中学生のとき、美術部に入部したのがきっかけだった。

「運動はダメで、音楽も今ひとつ。消去法で絵を選びました。顧問の先生の専門が油絵だったので、自然と油絵を学ぶようになりました」

 以来、現在まで絵を描き続けて70年を超えた。今まで一度もやめたいと思ったことはないという。

「絵を描くのは面白いですね。終わりがないんですよ。もっともっとってね。だから、これで完成ってのは一つもないんです」

“次こそはもっとよい絵を”という作品への強い思いが生命力の源なのだ。画家には高齢になっても、年齢を感じさせない活力とみずみずしい精神を持つ人が多いようだ。ピカソやシャガール、葛飾北斎、横山大観なども長生きだった。

 画家は長生きするようだと伊能さんに話を振ると、生活に制約が少なく、精神的な解放がある一方で、体力を必要とする仕事だからかもしれないと話してくれた。

「大きな絵は立って描かないといけない。全体を見るために後ろに下がったり、右に左に歩き回ったりします。絵を描くことは全身運動にもなっているのです」

 と、アトリエ内で絵を描くときの様子を再現してくれた。その動きは高齢者と呼ぶのがはばかられるくらいにスムーズでキレがある。

 伊能さんが絵を描くのは、夜の7時から12時ごろまで、静かな時間に心を集中させている。金曜と土曜は自分のアトリエで絵画教室も開いている。教える生徒の中には97歳の人もいるという。

 伊能さんは、アトリエ展「麻の会」を主宰し、毎年テーマを決めて銀座の画廊で展覧会を開催している。今年のテーマは「花」で、さらに2年に一度、個展も続けている。

「チュウケイ先生も探求心を絶やさず、70歳を過ぎても測量をしておりました」

 伊能さんは、親しみを込めて伊能忠敬をチュウケイ先生と呼ぶ。

 伊能忠敬は49歳で隠居して、測量を学び始めた。当時の寿命を大きく上回る73歳で亡くなるまで仕事を続けた。

 いつまでも枯れることない好奇心と向上心が現役でいることを見事に証明している。

(本誌・鮎川哲也)

週刊朝日  2023年4月14日号