砂崎 良(さざき・りょう)/フリーライター。東京大学文学部卒。古典・歴史・語学など、学習参考書を中心に執筆。『平安ものことひと事典』『源氏物語ものことひと事典』(共に朝日新聞出版)のほか著書多数。『まんがでSTUDYはじめての♡源氏物語』(朝日新聞出版)も監修
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 1月の『平安 もの こと ひと 事典』に続き、6月20日に『源氏物語 もの こと ひと 事典』を発売したライターの砂崎良さんが、6月15日、朝日カルチャーセンター新宿校で「用語でみる平安時代源氏物語の世界」と題した講座を開いた。源氏物語は、用語の意味や時代背景を知らずに読むのと知って読むのとでは面白さがまったく違う。このことを、具体例を挙げながら解説した。

 実際、砂崎解説を聞くと源氏物語の「解像度」が一気に上がる。その一部を、ここで特別に公開したい。

 現代人が源氏物語を読むと、「平安貴族は、恋や宴に時間を使い、優雅に遊び暮らしていた」というイメージを持ちがちだ。砂崎さんは、「それは誤解だ」と話す。

 例えば、第7帖「紅葉賀」の、光源氏が「青海波(せいがいは)」を踊る場面。青海波とは、左右二組に分かれて演奏する舞楽の左グループが披露する曲で、2人がペアになり西域渡来の青海波模様(同心円を重ねた幾何学模様)の衣装をつけて舞う。光源氏はこれを親友かつライバルの頭中将(とうのちゅうじょう)と共に舞い、格段の出世をする。

 ちょっと舞を舞うだけで出世とは、と思うかもしれない。だが、砂崎さんによれば「平安人は、この舞を観ている人たちがこんなに喜んでいるということは、きっと神様も喜んでいる、と考えるんです。結果、厄災も防げるだろう、と。つまり、光源氏が青海波を舞うという行為は、今で言うと、防災対策に力を尽くしたことに等しいんですね」。

 第18帖「松風」に出てくる「遣水」の清掃シーンも、平安人の常識を知れば単なる掃除ではないことがわかる。遣水とは、当時の庭園で人気だった小川のようなもののことで、自然に近づけるためにわざとくねくねした形にするのが人気だった。理想は東から南西へ流すこと。「松風」では、都近郊に越してきた明石君(あかしのきみ)を久しぶりに訪ねた光源氏が、その翌日にいきなり、遣水を清掃させる。紫式部はその光源氏の姿を「なまめかしい」と書いている。「なまめかしい」は、若さや生命力があふれる魅力を指す言葉だが、当時は、官能性のある「色っぽい」という意味も持ちつつ、天皇家特有の美質や高貴さ、上品さを表現する語として使われていた。

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遣水は男性の仕事、装束は女性の仕事