だがお金で解決できることは、まだいい。こうした日本から来た歌手たちのコンサートの最大の難関は、集客だった。

 ニューヨークは言うまでもなく、エンタテイメントの世界の中心地だ。カーネギーホールから歩いて10分ほどのリンカーンセンターでは、メトロポリタンオペラ、ニューヨークフィルが常時上演されている。少し南に下がったタイムズスクエア界隈では、30軒近いブロードウェイの劇場が日によっては昼と夜の2公演を行う。グリニッジビレッジ界隈に行くと、「ブルーノート」や「ビレッジバンガード」など一流のジャズクラブが軒を連ねる。その他、マディソンスクエアガーデン、ラジオシティミュージックホールなど大会場では世界的なビッグスターたちが常にコンサートを開いている街である。

 そのニューヨークで、現地ではほぼ無名の日本人歌手が2800枚のチケットをどうやって売りさばくのか。現実的に言って、不可能に近いのである。

 もっとも主催者側は、そんなことは最初から百も承知だ。もともとニューヨークまで公演に来た目的は、日本に帰って「カーネギーホールデビューをしました」と宣伝すること。あるいは日本で実績を作った歌手に対する「ご褒美」としての投資である。最初から採算を取ろうとして企画された公演ではない。

 それではどうやって会場を埋めるのかーー。

日系企業で繰り広げられる会話とは

 現地の日本人コミュニティが担ぎ出される。筆者が務めていたような現地コーディネート会社を通して、日系企業に無料チケットを引き取ってもらうのだ。

「きみ来週の土曜日空いてる? 〇〇さんのカーネギーのチケットがあるんだけど」

「〇〇さんですか? 懐かしいですねえ。でもあいにくその日はちょっと予定が…」

「奥さんは? 聞いてみてよ」

 ニューヨーク中の日系企業で、このような会話が交わされたはずである。

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現地の日本人コミュニティの涙ぐましい協力