中学生になるころ、7歳上の姉に「あなたは意志が弱い。意志をもっと強く持たないと、事はできない」と注意され、「Where there’s a will,there’s a way.」という文言を教わった。「意志あるところに道あり」との意味だ。その「Will」という言葉が、脳裏に残っていた。
事を成すために部下たちに説いたWillとMind
ただ、事業部で「Will」を説いても、部下たちは「当たり前」と思うことがなかなかできない。「意志だけでは足りない。人の話を聞いて素直に受け取る能力がないと、いい答えはつくれない」と思い、半年後にひと言加えて「Strong Will and Flexible Mind」とした。強い意志と柔らかな心──事の成就には、成功を願う強い思いと他人の話を素直に聞いて歩む道を是正する心の余裕が必要だ、と繰り返したメッセージだ。
2010年4月に社長就任。残っていたリーマンショックの影響を処理した後、「これから先を、どうみなければいけないか?」という社内議論の場を設け、会社のロゴに新しい方向感を加えることを決めた。ロゴに入れる文言に「Orchestrating a brighter world」を選ぶ。
「Orchestrating」は望ましい成果を得るための結集を指し、音楽では編曲などを表す。情報通信技術の世界でもよく使われ、ここは「より輝く世界をつくろう」との思いを込めた。デザインに音楽のオーケストラから得て、指揮者の指揮棒の線を使った。文言の横に指揮棒を立て、23.4度に傾けた。23.4度は地軸の傾きで、「我々は世界に貢献している」と示したかった。
音楽は、小さいときに姉がバイオリン教室へいくのについていき、好きになった。自宅に父が姉のために置いたレコードも聴き、クラシック音楽ファンとなる。これも、『源流』を生んだ故郷・大磯町で溜まった水源の一つ、と言えそうだ。妻と一緒に年に4、5回、コンサートを楽しんでいる。
いま、強い思いを寄せるのは少年少女期の教育の在り方だ。人工衛星をみせてくれ、科学技術への関心を育んでくれた幼稚園の園長先生。小学校6年生から始まった歴史の授業で「歴史を覚えるよりも、その積み重ねで今日があると知るのが好き」となり、「自分は記憶力で勝負するよりも、物を考えて価値をつくる道が合っている」との思いを育んだ学校。
現在の教育は「教える」に力や関心が集まり、「育む」が置き去りにされている、と思う。だから、少年少女期の教育に、何か関わりたい。『源流』からの流れは、次にどこへどう向かうのか。目が離せない。(ジャーナリスト・街風隆雄)
※AERA 2024年6月10日号