撮影/写真映像部・高野楓菜

青木:豊も悪気があるわけじゃない。でもこういう非常事態が起きると、普段より夫婦のズレが如実に出るんです。相手の言うことが妙に癇にさわるとか、ああこういうことか、と僕もあそこで感じました。

―青木さんと石原さんの共演は3回目になるという。

青木:石原さんは、いつも役の深い機微まで考えて捉えて、的確に表現されるイメージでした。今回はご自身が母親になって、「母親とは育児とは子育てとは、なんぞや?」ということがご自身のなかでも咀嚼できていない状況で撮影に入られたのかな、と感じました。パニックになっていたとおっしゃいましたが、そういうとき表現者としては不安になるのは当然だと思うんです。

 僕も、おそらく吉田監督も、その不安定さが沙織里の心の揺れを的確に表現できる、と感じた。僕はそれを受け止めるだけでよかった。「石原さとみ」という俳優のその瞬間に立ち会うことができて、とても貴重な経験をさせてもらったなと思っています。

―作品には、育児をする母親の孤独や閉塞感、SNS社会の怖さなど現実社会の問題も映る。沙織里はSNSで誹謗中傷を受け、見知らぬ相手の情報に翻弄され、自分を見失っていく。

石原:リアルですよね。でもSNSができる前から、人間はたぶんおかしくなっていたんだと思うんです。もともと持っている人間の性(さが)が顕在化しただけという気がして。顔が見えない人に対してあり得ないほどの攻撃性を持ってしまう。

青木:人間がもともと持ち合わせている心のキャパシティーが、ネットなどのツールに追いついていないんじゃないかなと思います。これだけ情報が発達した世の中で豊かに生きていくには、それを完全に無視するか、そのツールにあわせてポジティブな想像力を持つしかないのかもしれない。ツールを扱う人間がしっかりと心の制御のハンドルを握っていかないといけないと思います。

石原:その一言を文字にする前に、「友達だったら?」「家族だったら?」って、一瞬でも考えてほしい。この映画を見て、踏みとどまってほしいですよね。登場人物の誰かが確実に自分と重なって、当事者になると思うから。

青木:そう、この映画が心にちょっとの優しさを持つきっかけになれば、うれしいですね。

(構成/フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2024年5月27日号

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