英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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英国で、いよいよ政権交代が近づいた感がある。5月の地方選で、与党保守党は候補を立てた議席の半数近くを失い、過去最悪レベルの結果だった。一方、野党労働党は地方選で躍進、首長選や下院補欠選挙でも連勝しており、世論調査でも労働党のスターマー党首が次期首相になるだろうと答えた人が過半数だ。
昨年秋、市場調査会社Savantaが行った調査で、スターマー党首から連想する言葉として最も多く挙げられたのは「BORING(退屈)」だったという。これを意識してか、スターマーが、昨年他界した労働党の政治家アリスター・ダーリングの言葉を引き、「あなたが人々から退屈と呼ばれているとしたら、あなたは勝っているのです」と発言したことも話題になった。
実際、彼がどんな政治家なのかと尋ねられて、明確に答えられる有権者はほぼいないのではなかろうか。14年ぶりに政権交代を起こしそうな野党党首にしては、インパクトが薄い。
「スターマーは味気ないかもしれない。──だが、スパイシーな政治にうんざりした国の試食テストには合格する」という見出しの記事がガーディアン紙に出ていた。確かに英国政治はここ数年、スパイシー過ぎた。すったもんだのEU離脱から、ジョンソン元首相のコロナ禍中のパーティー疑惑、首相になったかと思ったらすぐ退任したトラス前首相、あまりに大富豪過ぎて生活感がなさすぎるスナク首相まで、個性豊かな面々とジェットコースターに乗ってきた。
市民社会組織More in CommonがシンクタンクのThe New Britain Projectのために昨年行った調査で、英国を一つの単語で表したら何になるかと問われ、有権者が選んだ言葉で最も多かったのは「broken(壊れた)」だった。そのほか「mess(混乱)」「struggling(苦戦中)」「divided(分断された)」などもあった。ゴタゴタ続きで壊れた国の人々は、劇的なことをやりそうなカリスマ性のある指導者を望んでいないのかもしれない。あるいは、とにかく政権交代が見たいから党首は誰でもいいのか、または印象が薄いから多くの陣営が乗れるのか。いずれにしろ、今のところ労働党の「退屈」路線は成功しているようだ。
※AERA 2024年5月27日号