同じく西アフリカに位置するトーゴの海岸沿いにある小さな街バギダの酒場も、気持ちのいい場所だった。

 かつてこの街がトーゴの首都であったことを記すモニュメントがあり、その周囲に、片手で持ち上げられるほどに軽い、ペラペラのプラスチックの机と椅子が並べられている。看板はなく店名もないが、そこが酒場だった。耳を済まさないと聞こえないほどの音量でかけられた音楽と、潮の香るそよ風が、実に心地いい。

 私はいつものように、ビールを飲みながらたばこの煙をくゆらせていると、「ちょっと隣に座っていいかしら」と、従業員の女性に声をかけられた。彼女は私から目をそらしたまま、意を決したような面持ちだった。何を言われるのかわからないまま、私は椅子を差し出した。

「あなたはどうしてたばこを吸うの?」

「あ、ごめんなさい。ここは禁煙だった?」私は慌ててこたえた。

「違うの。たばこはあなたの体に良くないの。私はね、体に良くないものをなんで吸うのかって聞いてるの。私はあなたに、体に良くないたばこをやめてほしいの。それを言いたかっただけ」

 彼女はそう話すと、すっきりした顔で持ち場へ戻って行った。

 たばこをすぐにやめることはできないけれど、彼女の勇気と優しさをうれしく思いながら、ビールをもう1本、開けた。

 アフリカの地場の酒場でグラスを傾けていると、国籍の概念が希薄になってくる。自分が外国人であることの感覚がぼんやりとしはじめ、ただその場を共有するさまざまな人の1人でしかないようなこころもちになってくる。

 特筆するようなつまみがあるわけでもなければ、きらびやかな装飾があるわけでもない。酒場にあるのは、ビールと音楽だけだ。それでも、分け隔てのないささやかなホスピタリティが、私に至福のひとときを、いつももたらしてくれる。
 
 この原稿を書きながら、あの1杯が、恋しくてたまらない。あ、もちろん、日本で家族とともにする夕飯時の1杯も、私にとって至福のひとときだ。

岩崎有一(いわさき・ゆういち)
1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。

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