会見を期待して裁判所の前に設置された報道機関のマイクの束。この日、会見は行われなかった(撮影/長野美穂)

「新しい仕事」も保釈の条件

 裁判官が今回提示した数々の「条件」の中には「エンプロイメントを維持すること」という項目も含まれていた。

 つまり、何か新しい仕事を探せ、と裁判官から言い渡されたわけだが、家に引きこもっているのではなく働いて、ギャンブル依存症のカウンセリング・プログラムを受ける費用を自分で稼げということなのか。

「裁判に至る前の釈放の条件として、仕事を探すことや仕事をキープすることを求められるのはよくあること」とナフタリス氏。

 だとしたら、水原容疑者はこれから一体何の仕事をするのだろう。

 他人の銀行口座から不正に巨額の金を盗んだ容疑で罪に問われ、これだけメディアの注目を浴びている人間を雇いたい店や企業が、このLAの街に存在するのだろうか?

「ドアダッシュのデリバリーが手っ取り早いよ。ウーバーの運転手という手もある」とMLBの取材を担当するアメリカ人記者が言う。

 ドアダッシュとは、米フードデリバリー会社で、ここ数年、急速に市場シェアを増やしている成長企業だ。

 家でスマホを手にして座っていたら、最悪ギャンブルサイトにアクセスしてしまう危険もあるかもしれないから、外で汗を流す肉体労働がいいのでは、というのが記者たちの意見だった。

大谷選手に謝罪したいと声明

 水原容疑者とフリードマン弁護士は裁判所に共に出廷したのだが、その後、なぜかフリードマン弁護士だけがひとりでスタスタと歩いてどこかに移動したことは冒頭で説明した。

 水原容疑者は一体どこにいるのかがわからないまま、大勢の取材陣が右往左往していると、米チャンネル7テレビのカメラマンが私たちに、

「拘束中の水原容疑者はすでに、当局の車に乗せられて、別の連邦裁判所ビルに保釈手続きのために移動した。ここから5ブロック先のガラス張りのビルだよ」と教えてくれた。

 保釈の手続きが行われる別の裁判所ビルに報道陣も移動し、玄関前でカメラとマイクを設置して構えて待つこと数時間。水原容疑者とフリードマン弁護士はなかなか出てこない。

「そもそも大谷は、どれだけ英語を話せるの? 英語を聞いて理解はできてる感じ?」とABCニュースのイジー記者が問う。

 するとMLB担当記者は「大谷は英語の質問はかなり理解してる感じだ。ただ、会見は全て水原を通して行われていたから、日本語がわからない我々にとっては、当然、水原の発する言葉が全て」。

 かなり冷え込んできた午後4時半ごろ、米大手通信社のステファニー記者のスマホにフリードマン弁護士からメールが届いた。「大谷やドジャースやMLBや自分の家族に謝りたい」という水原容疑者の声明が含まれたプレスリリースだった。

「ふたりはもう裁判所を後にしたって!」とステファニー記者。

「正面玄関じゃなくて、裏口から出たのか」「あの弁護士、メディアの注目を浴びるうまみを知りつくしているから、あえてじらす作戦か」と口々に記者たちは言った。

「水原は、きっと今晩これからドアダッシュのバイトがあるから、早く帰らないと、だろ」と誰かが言うと、みんな一斉にカメラとマイクを撤去しはじめた。「体が冷え切ったね。この角のラーメン屋行く?」と周囲の仲間を誘って三々五々散っていくアメリカ人カメラマンたち。

 大谷、水原、そしてラーメン。

 LAダウンタウンの金曜日は、こうして暮れていった。

(ジャーナリスト・長野美穂=米ロサンゼルス)

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