精神科医・岡野憲一郎さん
精神科医・岡野憲一郎さん
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 解離性障害に詳しい精神科医の岡野憲一郎さんに、医者の立場から「デ・キリコ」の絵を見てもらいました。その独特の画風は、デ・キリコの脳内で起きていたある「作用」によるものだったのかもしれないと言います。2024年4月27日(土)から東京都美術館で開催されている「デ・キリコ展」に合わせて発売された『【芸術AERA】デ・キリコ大特集』より特別公開します。

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――精神科医の立場から見た、デ・キリコの絵に対する印象を教えてください。

 本展出品作の中では、赤い服を着た巨大な自画像《17世紀の衣装をまとった公園での自画像》が印象的でした。自らの偉大さを見せつけるような、誇大的な絵ですよね。自分以外のものがミニチュアに描かれ、超人のような存在として表現されています。

――どこか現実感のない風景が特徴的ですが、それについてはどう思われますか?

 彼の『回想録』には「イタリア広場を見たとき、これまで見慣れた風景が、あたかも初めて見る景色のような感覚にとらわれた」と書かれており、そこで思い当たることがありました。この非現実体験は、精神分析でいう「離人感」がもたらした可能性があるかもしれません。

自宅で自画像を背にポーズを取るデ・キリコ(写真提供:アフロ)
自宅で自画像を背にポーズを取るデ・キリコ(写真提供:アフロ)

――離人感とは、どのような感覚なのですか?

 いろいろな形をとりますが、例えばジャメヴュ(jamais vu)といって、よく見なれたはずの空間が、まるで初めて見るような異様な感じとして体験される現象です。既にどこかで見てきたかのような感覚に陥るデジャヴュ(déjà vu)の逆ですね。離人感は、誰でも経験する可能性があります。

 私も以前、大学時代のヨーロッパへの卒業旅行から帰国した時に体験しました。すべてが日本語の環境で新鮮に感じられ、下宿先に帰っても、よく見なれたはずの空間から初めて見るような異様な感じを受けました。「ああ、これが離人感なのか」と思いましたね。また、離人感は片頭痛持ちの人によく見られ、腹痛を伴うこともあります。デ・キリコの『回想録』にも「腹痛に悩まされてきた」とあります。彼の場合、広場にいた大勢の人がものにしか見えず、あたかも周囲に人っ子ひとりいないような体験をしたんだろうなと想像しました。

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