大谷が仮に自分の銀行口座の管理を何度か水原に任せていたとしても、厚い信頼関係がある間柄ならば、あり得ない話ではないと日本では見られるかもしれない。だが「その感覚だけは、アメリカ人には到底理解できない。親しくても他人に銀行口座を教えるなどあり得ない」とナフタリスは語る。「これはアメリカ人が互いに正直ではないという意味ではなく、そこまでの信頼が異次元なのだ」
銀行口座にまつわる日米の感覚の違いは筆者にも経験がある。日本のあるファッション誌の仕事を友人のアメリカ人カメラマンに紹介した際、日本の大手出版社から「カメラマンさんの振込先銀行口座を教えてください」と言われ、それを本人に伝えたら「絶対に嫌だ。口座がハッキングされたら取り返しがつかない。小切手での支払いにしてほしい」と言われた。相手が個人ではなく大手企業でもそうなのだ。日本のユーチューバーが、カンパ用の銀行口座を画面に表示して「ご支援よろしくお願いします」と言ったり、X(旧ツイッター)上にカンパ用に自己の銀行口座番号を載せるユーザーも、アメリカ人からすると、驚愕だ。米国では銀行口座へのハッキング犯罪が多発し、個人が被害を受けることも多く、たとえばJPモルガン・チェース銀行のシステムには1日につき450億回のサイバー攻撃が仕掛けられていると報道された。
今回の事件についてアメリカ人の多くが「自分の口座から送金されて気づかないなんてあり得ない」とネットで反応したのには、そんな背景もあるのだ。
通訳との決別
また、通訳という存在、そして言葉の壁への感覚も、英語ネイティブと日本人では感覚が違うことが今回浮き彫りになった。「会見の中で、水原がドジャースのメンバーに自分のギャンブル依存症を打ち明けていた場面で、大谷には、話の内容が理解しきれなかったという発言があったけど、そう言われて、あ、そういえばそうかと改めて気づいた」とナフタリスは言う。
日本語を母語とする人間なら、その時の大谷の状況は瞬時に想像できるが、耳と口の役割を果たしていた通訳の存在の大きさとその不在のインパクトが、英語ネイティブの人間には肌感覚では、どうしても理解し難いのだとわかる。
「でも、彼が深く信頼していた友人との関係が、こんな状況になってしまったことにどれだけ心傷ついているか、彼の表情を見ていれば自然と伝わってきた」とナフタリスは言う。
水原に、後でホテルでふたりきりで話したいから、それまで待ってくれと言われたから待っていた──というくだりは衝撃的だったし、水原の告白を受けた際に「怒り」ではなく「やっぱりおかしいな」と思い、自力で代理人に連絡したというくだりでは、水原通訳と決別し、自分の言葉で他者と接する次元に大谷が踏み出した瞬間が伝わってきた。
(文中敬称略)
(在米ジャーナリスト・長野美穂)
※AERA 2024年4月8日号