○時代を動かす主体

 YMO散開の年、83年の『戦場のメリークリスマス』を皮切りに、アカデミー賞を受賞した『ラストエンペラー』『シェルタリング・スカイ』などの映画音楽を通じ、坂本さんは世界的に揺るぎない地位を築いていく。

 89年、坂本さんは著書『SELDOM ILLEGAL~時には、違法』のなかで、バブル絶頂の東京について「お金はあるからガラパゴス諸島の生物のように奇妙な進化をしていくかもしれない」と予言していた。

「あんな短期間に、あれだけの富が小さな島国に集中したことは歴史上なかった。富が集まれば情報も集まる。僕が当時驚いたのは、女子高生がイランとかマリ、トルコの映画をふつうに見ていたこと。ニューヨークでもめったにかからないような映画です。世界中でも東京でしか手に入らないレコードも山ほどあった」

「その蓄積の芽はまだ育っているわけで、当時の女子高生がいまお母さんになって、これまでとは違う価値観で子供を育てて、これから面白いものが生まれてくる可能性はありますよね。唯一、バブルでよかったのはそういう間接的な利益かなと。スローフードとかフェアトレードとか、ボランティアとか、日本の社会になかったようなオルタナティブな動きが増殖していくことに期待を持っている」

 失われた10年を嘆くのではなく、だれもが時代を動かす主体であるという感覚。ジャパニーズ・ジェントルマン、スタンドアップ・プリーズ! YMOの名曲『タイトゥン・アップ』に入っているおどけたシャウトは、いまこそストレートに私たちの胸に響く。

 近年の坂本さんの活動のなかでとりわけ大きな反響を呼んだのは、「リゲイン」のCMで癒しの旋律として使われた「energy flow」の大ヒット(99年)と、9・11のテロ直後に「報復しないことが勇気」とメッセージを投げかけた『非戦』の出版(01年)だろう。

○強まる音楽への気持ち

「最初は『癒しの音楽家』といわれることに反発したかったんだけど、実際に癒される人がいるんならいいんじゃないかと思うようになった」

「『非戦』に詰まっているメッセージは、9・11だけに有効なのではなく普遍的なもの。イラクでの戦争は終わっていないし、日本では支援法が通ったり。イヤな時代になればなるほど、自分は音楽をしっかりやらなくてはという気持ちが強くなってきますね」

 その坂本さんの今後の活動に、「YMO再生」という5文字は入っているのだろうか。昨年は、細野氏と高橋氏の新ユニット「スケッチ・ショウ」のレコーディングに坂本さんがゲスト参加した。

「人間関係って薄氷みたいなものだから、いまのまま触らないほうがいいかもしれませんね。でも、3人で『じゃ再結成しようか』なんて冗談みたいに言う時もある。再結成するんだけど、3人で食事するだけとか、テレビに出て健康談議をするとか。そういう再結成はどうだろうってね(笑い)」

(編集部・宇都宮健太朗)

※AERA 2003年9月8日掲載

暮らしとモノ班 for promotion
「更年期退職」が社会問題に。快適に過ごすためのフェムテックグッズ