英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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英国でドラマ「EXPO─爆発物処理班」のシーズン2が放送された。ロンドン警視庁の爆発物処理班が連続爆弾テロ事件に挑む姿を描いたドラマだ。2年前に放送されたシーズン1は、平均視聴者数が約950万人の大ヒット作になった。
爆弾テロを描いたドラマと言えば、ひと昔前はイスラム過激派グループの犯行という設定だった。が、このドラマのシーズン1では、白人至上主義の極右団体がモスクなどで爆弾テロを行う筋書きになっていて、「あり得ない話じゃない」と背筋を凍らせた人も多かった。
そしてシーズン2もまた、これまでとは違うテロ犯の設定になっている。今回のテロの目的は宗教や人種問題とは関係ないので、グループのメンバーには人種の多様性があり、リーダーは若い女性の設定だ。今回、爆弾テロの現場になるのは、金融街シティであり、グローバル企業の高層オフィスが立ち並ぶ再開発地、ドックランズだ。若きテログループのメンバーたちは、経済的不平等と生活費危機、腐敗しきったシステムが彼らをテロ行為に駆り立てたと主張し、リーダーがフランス革命へのシンパシーに言及する場面もある。
ドラマが描くテロ犯の変遷に、社会の変化が透けて見える。YouGovの最新の世論調査(2024年3月4日)を見ても、「英国が直面する最も重要な問題」という問いに「経済」と答えた人は最多の55%だった。2番目に多かったのは「健康」で47%(英国では医療関係者のストが長期化している)、「移民、難民」は37%で3番目だ。国内外のメディアは移民の問題をセンセーショナルに取り上げる。が、人々の本質的な怒りは別のところにあり、広大なマグマが地下にたぎっているのではないかという漠然とした社会不安をドラマは掬(すく)い上げていた。
先日、日本のメディアからSDGsに関する取材を受けた。多様性の問題についてあれこれ聞かれたが、SDGsの一つ目の目標については全く聞かれなかった。それは「貧困をなくそう」である。そろそろ本当に、アイデンティティー政治への偏重から抜け出す時ではないか。物価高と貧困の拡大を経て、英国は次のフェーズに進んでいる。
※AERA 2024年3月25日号