第二に、要塞海域と後背地との関係が挙げられる。バレンツ海の背後には広大なユーラシア大陸が控えており、この方向から米軍の攻撃を受ける心配がないのに対して、オホーツク海の場合は1200キロメートルほどの陸地を挟んで北極海(東シベリア海)が広がっている。つまり、オホーツク海の聖域を守るためには、南(日本)や東(北太平洋)からの攻撃だけでなく、北からの攻撃をも撃退する必要があるということだ。
かつての中央アジアはソ連の弱点という意味で「柔らかな下腹部」と呼ばれたが、このひそみに倣うなら、東シベリア海はロシアにとっての「柔らかな背後」とでも呼ぶべき位置関係にある。SSBNのパトロール海域に含まれないコテリヌィ島やウランゲリ島、シュミット岬などの東シベリア海沿岸においても、飛行場、レーダー、地対艦ミサイルの配備が進められている理由はおそらくこれであろう。
また、2014年及び2018年の「ヴォストーク」演習では東シベリア海のさらに東に広がるチュクチ海沿いのチュコト半島に地上部隊や爆撃機を緊急展開させる訓練が実施されたほか、2016年には同半島に沿岸防衛部隊を常駐させるとの構想が報じられたこともある(現在に至るも実現せず)。有事においてチュクチ海とベーリング海で米海軍が海上優勢を確立しかねないことへの懸念は『海軍論集』でも指摘されたことがあるが、これらの動きからわかるように、オホーツク海の聖域は、その言葉からイメージされるほどには盤石なものではない。