映画『坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち』より (c)TBS

 ここで記しておきたいのは、坂本は自己満足的な正義を振りかざしたり、イデオロギーを押し付けたりしていたわけではないという事実だ。そうではなく、現地に足を運び、そこで暮らす人々と会話し、勉強や情報収集を続けながら、「何ができるか?」を常に自分に問いかけていたのだ。

 たとえばイラク戦争の際、「なぜ我々は殺し合いを止められないのか」という思いを抱えながら、TBSの報道番組でこのような言葉を残している。

「声高に訴えるのでもない/癒すのでもない/ただ美しい音楽がそこにあったなら/兵士たちはそれに目をとめて/人を殺すことの愚かさを/思い出すかもしれない/そんな音楽が可能だろうか」

 いくら正しい言説であっても、拒否反応を示す人は必ずいる。そのことにも理解を示しながら坂本は、迷いながら進むことを選んだのだと思う。

 晩年も坂本は、神宮外苑前の再開発に反対の意思を示すなど、最後まで声を上げることを諦めなかった。教授の遺志を継ぎ、次は私達一人ひとりが“何ができるか”を考え、声を上げるべき……と言葉にするのは簡単だが、実行するのは本当に難しい。政治や社会のことに少し意見を述べるだけで“思想強め”と揶揄され、距離を置かれることもある。日本のアーティストは相変わらず社会的なコメントを発することを周到に避け、“批判はやめて、それぞれの日常でがんばろう”という曖昧な態度によって結果的に現状を是認してしまう。そんな社会に生きていれば諦めの気持ちばかりが増えて、「面倒くさいことは考えないで、日々楽しく過ごしたほうがいいんじゃない?」と思ってしまうのも無理はないだろう。誰だって面倒は抱えたくないし、保身の気持ちから逃れられる人もおそらくいないはずだ。

 ただ、今の社会が問題だらけなのもまた事実だ。私自身も“このままじゃいけない”と“どうでもいい”の間を常に揺れているが、『坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち』を観て、「もしかしたら教授も自分たちと同じだったのかもしれない」と感じたことは、大きなヒントになった。常に態度をはっきりさせるのは無理でも、「これってどうなんだろう?」という逡巡することは捨てたくない。教授の残した言葉を聞きながら、そう思った。

(文/森 朋之)

(c)TBS

◆作品概要/『坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち』(金富隆監督作品):2000年代、様々な形で坂本龍一の活動に密着してきたTBS報道局に残る秘蔵映像をまとめた作品。第4回「TBSドキュメンタリー映画祭」で公開される。「TBSドキュメンタリー映画祭2024」は全国6都市(東京・大阪・京都・名古屋・福岡・札幌)で、3月15日(金)より順次開催。

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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