大学で助手の仕事をしていたことがあって、上司のひとりに小説家の堀江敏幸がいた。堀江先生の手提げカバンや腕時計なんかを見るたび、オシャレが好きな人なんだなあ、と思っていた。……が、そんな生やさしいものではなかったみたいだ。
 先生曰く「どうしてなのかはわからないけれど、子どもの頃から身のまわりに存在する日用品、電化製品、文房具、玩具といったあらゆる種類の『もの』に関心があった」という。そして「がらくた」と呼ばれるような「もの」を見て「それらが引きずっている人々の過去に、感情に、もっと言うなら、『もの』じたいが持っている心、すなわち『物心』に私は想いをはせる」のだという。先生にとって「もの」は、自分をオシャレに見せるための道具ではない。好きな「もの」と暮らしたいという純粋な気持ちだけが先生を動かしているのだし、なんなら先生の方が「もの」の虜となり、「もの」に完全服従することさえあるのだ。
 本書に収録されている50以上のエッセイは「主としてフランスで出会った『もの』たちについての、他愛のないひとりごと」だが、その出会いには「ひと」もまた深く関わっている。奇跡のようなバランスでぬいぐるみを並べる太ったおじさんとか、古いブリキ缶にあとから書かれたとおぼしき下手くそすぎる「カフェ」の文字を、あくまでオリジナルだと言い張るおばさんとか、みんなキャラが濃くて面白い。
 こうした人たちとの交渉を経て堀江家にやってきた「もの」たちが、主をなごませたり、仕事の邪魔をしたりしている様子は、とても微笑ましい。文庫解説を担当している片岡義男がその暮らしにどうにか関わろうとするのもよく分かる(解説も名文ですのでお読み下さい)。わたしだって先生になにか良いがらくたを差し上げて、反応を見てみたい。「骨董入門」と呼ぶほど堅苦しくないが、本書を読めば「もの」との暮らしは確実に楽しくなる。

週刊朝日 2015年9月25日号