仲野:「すき花」は、そういうことを楽しんでやりたいという嗅覚を持った出演者が多かった気がします。生方美久さんの脚本は演じる意欲をかき立てるものでしたし、脚本とお芝居と演出がそれぞれ影響しあった良い現場だったな、と思います。

松下:そうですね。椿の家で、四つ並んだマグカップを見た赤田が「そっか、俺はもうそういうんじゃないな」と言うシーンで、太賀くんはすごく悲しそうな目をしていて、僕が泣きそうになりました。そんな目のお芝居もすごかったな。太賀くんは僕がやることを全部拾ってくれるし、返してくれる。めちゃくちゃ安心するな、と感じてました。

仲野:そんなふうに言ってもらえて、めっちゃうれしいです。僕は、お芝居する時に自分なりのプランがありつつも、相手に委ねる部分をちゃんと残したいと思っています。松下さんが演じる椿さんはすごく魅力的になっていて、そのお芝居をもらった方が僕の役も広がっていく気がしたし、実際そうでした。松下さんも僕がどう転んでもキャッチして下さるので、あ、この人は委ねていいな、と肌感覚でわかりました。それを感じ合えたのが今回の大きな収穫でした。

松下:そう言っていただけてうれしいです。

仲野:最近、SNSで、ポットのような器に先生が大きな石を入れる動画を見ました。先生は生徒に「このポットは満杯かい?」と聞く。生徒は「はい」と答える。先生は「本当にそう?」と言いながら、次に小さな小石、その次に砂利を入れて、最後に水を入れる。満杯に見えても、まだまだ入るんだ、という考え方は、役作りと似ているなと思いました。現場で最後に水を入れるイメージです。

松下:なるほど。太賀くんは舞台もやってるけど、舞台でも同じですか?

仲野:そうですね。毎日同じ演目をやっても、その日のコンディションとかで違いを感じますよね。今日はダメだったな、と主観で一喜一憂します。でも、そんな日にお客さんの反応が良かったり、逆に今日はやったぞ!という日に限って全然反応がなかったり。だからこそ、お芝居はみんなで作り上げるものなんだ、とつくづく思うんですよ。

 心の準備も役作りの準備もしっかりしていくタイプですが、いつも「何かが足りない」と思っています。でも、きっと現場に答えが待っている。自分だけでは埋まらない何かを、共演する人に委ねているのかもしれないですね。

松下:「すき花」での共演シーンはわずかだったけど、太賀くんの臨機応変さ、柔軟さを感じて、一緒にやっていて本当に楽しかったんです。俳優だけじゃなく、監督もプロデューサーも仲野太賀と仕事がしたいという人がたくさんいる理由がよくわかった気がします。

仲野:ありがとうございます、うれしいです。

AERA 2024年2月26日号