瀬尾さんの長男をいとおしそうに見つめる寂聴さん(瀬尾さん提供)

「チビはどうしてる?」

 瀬尾さんが新型コロナウイルス感染症に罹患(りかん)したときのことだ。家族内感染を防ぐため、長男と夫は夫の実家で過ごすことにしたのだという。「そのとき瀬戸内は何度も電話をかけてきたんです」と瀬尾さんは言う。

「そのたびに『チビはどうしてる』って聞くんです。私が『あっちで楽しそうにしてますよ』って返すと、『そんなはずない。会いたくてもそう言えないからかわいそうだ』って電話口で泣くんですよ。本当に長男のことになると涙もろくて。私、瀬戸内は男らしい人だと思ってたので、それがすごく意外でした。長く一緒にいても知らない一面がまだまだあるんだなって。彼が生まれてから、私たちの会話は彼の話題でもちきりでした」

 寂聴さんと長男は「言葉を交わさずともわかり合っていた」という。

「長男は寂庵に行くと、真っ先に瀬戸内の部屋に行っていました。長男は瀬戸内の隣に座って、原稿用紙にお絵描きをしていましたね。瀬戸内もよく『この子は私のこと、ただのおばあさんじゃないってわかってるわ』とか『すごく器量がいい』って言って、本当にかわいがってくれていました」

 寂聴さんは、長男のことを「最後の恋人」と言っていた。

「瀬戸内は長男が来ると、しんどかったと思うんですけど、よく動いていました。自室から台所に来てくれたり、私たちの寝室まで来てくれたり。長男も瀬戸内の手を引いて、連れ回していましたね。そんな2人の空気感がすごくいいんです。そのころになると、私も10年以上、瀬戸内と一緒にいるので、瀬戸内を楽しませるような新しい何かってもうないんです。そこを長男がうめてくれたように思います。彼のやることすべてが瀬戸内にとっては面白かったみたいで。コロナ禍というのもありましたけど、長男の存在が瀬戸内を潤わせてくれてたのかなって思います。そのことが、最後のほうの小説とかエッセーにもよく表れていました」

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