AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
南部鉄器職人の父・孝雄と働く悟は、父から問題を起こした少年を預かる「補導委託」を引き受けたと聞かされる。仕事一筋だった父の変化に戸惑う悟。やってきた春斗は弁護士の父と優しそうな母を持ちながらどこかその関係がぎこちない。春斗と同じ屋根の下で暮らすうち、悟にも少しずつ変化が訪れる──。岩手・盛岡を舞台にした著者会心の家族小説『風に立つ』。著者である柚月裕子さんに同書にかける思いを聞いた。
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「『孤狼の血』のイメージから『○○じゃけえ!』みたいに話す人だと思って来られる方、多いんですよね」
そう言って笑う柚月裕子さん(55)。聞くだけで癒やされるような優しい声と雰囲気は、たしかにハードボイルドな作風とあまりに違う。そんな柚月さんが今回挑んだのは家族小説。自身が思春期を過ごした岩手県を舞台に、非行少年・春斗を「補導委託」として預かる南部鉄器職人の孝雄と息子・悟の日々が描かれる。
「生まれ故郷を舞台にするのは初めてで、どこか気恥ずかしい思いもあったんです。でも家族というテーマを一度は手がけてみたいなと」
学生時代までを岩手で過ごした柚月さん。先の東日本大震災では津波で両親を亡くす悲劇にも見舞われた。本作に描かれる故郷は、岩手山を望む街の風景も滔々と流れる北上川も、清らかな土地の空気を運んでくるようだ。
「書きながら、冬に川面を渡ってくる風の痛いほどの冷たさも思い出した。ああ、自分の中に生まれ故郷ってちゃんと残っているんだなと。10年前には書けなかった。いまだから書けた作品だと思います」
無骨な父の突然の変化に戸惑う悟、少年・春斗と彼の両親。いずれの親子も歯がゆいほど不器用にすれ違う。
「骨折のような傷ではなく、目に見えない亀裂のような微妙なずれ。誰も悪くないのに行き違ってしまうもどかしさ。そうした悩みを抱えている家族って多いと思うんです。春斗のように親が自分を大事にしてくれていることがわかっていても、自分がそれを受け入れられず、そんな自分がイヤだ、というつらさもある。家族ならではの『うまくいかなさ』が伝わればと。私は決して経験主義者ではないですが、今回は二児の母としての経験も登場人物に重ねて書くことができたかなと感じます」