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 パワハラに厳しい目が注がれ、叱りにくくなった。暴言や暴力などのパワハラ行為は論外だが、必要な「厳しさ」まで手放してしまったことで、若い世代の成長機会を奪っていると指摘する声も。「叱る」ことについてあらためて考えたい。AERA 2024年2月12日号より。

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 叱りにくい。でも叱らないわけにはいかない。ポイントは「『怒る』と『叱る』は違う」と話すのは、日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司さん(45)だ。

「『怒る』とは自分の中で生じた怒りをぶつける行為、つまりその目的は『攻撃』です。でも叱る目的はあくまでも部下の行動変容。そこに怒りの感情は本来、必要ありません」

 叱るときに、きつい言葉を無理に使う必要はない。ただし、部下の「プラスアルファの成長」を望むなら、「この部下なら」という部下にはあえて「厳しい指導」をやってみるのも大事なことだと、藤田さんは言う。

「若い頃に厳しく叱られた経験があると、後に苦しい体験をするとき、比較して拠(よ)り所にできるんです。『あれに比べたら、ぜんぜん平気だ』と。つまり叱られることに対する耐性です」

10年後に捉え直すと

 この耐性には個人差があり、厳しい指導で心が折れてしまう人もいるので、その見極めは大切だ。ただ人間には、過去のつらい出来事を「成長の糧」と考える「統合的意味付けモデル」という傾向があり、そのときは本当の価値がわからなくても、10年、20年たってみて、大きな価値に気付けることもあるはずだと藤田さんは言う。

「『厳しく叱られる』経験を、時間軸を持たせて捉え直してみると、その行為がさらに深みのあるものになるかもしれません」

 藤田さんには最近、印象深かった言葉がある。元プロ野球選手のイチローさん(50)が昨年、北海道・旭川東高校での指導の際、学生野球を取り巻く指導の環境について「いまの時代、指導する側が厳しくできなくなって。何年くらいになるかな」「これは酷なことなのよ。高校生たちに自分たちに厳しくして自分たちでうまくなれって、酷なことなんだけど、でも今そうなっちゃっているからね」などと言及したのだ。

「上司は、『叱る』という行為で部下をさらなる高みに導きたいわけです。この『さらなる高み』に自力のみでたどり着くのは、若い人にはやはり難しい。本人の発想にはない高いレベルを提示してあげるなどして導くコミュニケーションは、若い人の成長を大きく促すと思います」

 イチローさんの言葉をやはり「的を射ている」と感じたのは、元ラグビー日本代表で神戸親和大学教授の平尾剛さん(48)。一方で懸念も感じたという。

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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