昨年10月に発表された経営計画案の中には、「メディア全体のために100億円」の記述がある

 それは「情報空間全体の多元性確保へ貢献」として「メディア産業全体のために」100億円の予算を確保するというものだ。

 計画案全体のパブリックコメントが出揃い、1月9日には経営委員会で議決されたが、いつもはうるさい日本新聞協会も、この100億円については、〈NHKに求められる役割の基軸として「信頼できる多元性確保」への貢献を位置づけたこと、(中略)「メディア産業全体のために」として具体的な予算規模とともに取り組む方針を示したことは適当だ〉と珍しく肯定のコメントを出している。

 この100億円を具体的にどう使うかは、計画案には書かれていない。

 NHKの幹部複数に聞いてみたが、とりあえず予算をとっておき、日本新聞協会の出方を待つということのようだ。

 先行事例として参考になるのが、英国BBCで2018年に始まった「ローカル・ニュース・パートナーシップ(LNP)制度」だ。これは、地方メディア(新聞やラジオ、ネットメディア)で、地方政治など、民主主義の根幹に関わる取材を行う記者の給料をBBCが肩代わりするというプログラムで、毎年最大で約11億円の予算を見込んでいた。

 ただ、このLNP制度のように、直接お金が新聞社にいくのが適当かという問題もある。実際、私の上智の授業に参加した地方紙の幹部は「ひもつきの金になる」と3年前には難色を示したし、受信料を支払う側の納得も必要だろう。

 かほどに「NHK NEWS WEB」問題は、表面だけ切り取って「廃止はけしからん」と言うだけでは済まないメディアの多元性の問題がかかわっている。

 私の意見は、この100億円によって地方紙を助けつつ、「NHK NEWS WEB」は残すという考えだ。

 忘れてはならないのは、2017年にNHKにネットワーク報道部ができて以来、さまざまな工夫で、NHKは記者の素顔をさらしながら、ネット上でもいかに読ませるかという工夫をしてきたことだ。

 地方紙、とくに地方紙の有料ゾーンに記事を配信している共同通信の編集者・記者たちは、社会正義だけではない、いかに読ませるかということにもっともっと工夫が必要だ。

AERA 2024年2月12日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。2024年6月17日に新刊『がん征服』(新潮社)を発売予定。元上智大新聞学科非常勤講師。

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