このときは、駅や事務所の片付けと、社員一人ひとりの状況確認を進めているとのことだったが、被害が大きいと報じられている輪島市や珠洲市に住んでいる人が多く、大半の社員の家は半壊もしくは全壊したという。小林さんの自宅は穴水町と珠洲市の間の能登町にあるが、住めるような状況ではなく、15キロの道のりを車で6時間かけて、穴水駅までやってきたそうだ。
線路の状態も、「かなりひどい」という。
「いろんなところで土砂崩れが起きていたり、レールがゆがんでいたり。穴水駅のホームは傾いて外側に張り出してしまったから、電車が動いたとしても、車体をこすってしまって出られません。運転再開の時期なんて、皆目見当もつかないです」
厳しい経営状況ながら、住民や観光客の“足”として走ってきた「のと鉄道」にとっては、存続すら危ぶまれる事態だろう。
一通り駅の中を案内してくれた小林さんは別れ際、「輪島まで行くのは危ないから、気ぃつけて下さいよ」と、こちらの心配をしてくれた。
崖崩れで土砂が覆いかぶさった山道
この数時間で感覚が麻痺(まひ)してしまったのだろう。亀裂の入った道路や倒壊した家を見つけても、驚きが薄れていた。もっと言えば、なくなっていた。しかし、穴水駅を発ち、県道303号線の山間部に入ると、すぐに小林さんの忠告をかみしめることになる。
片側1車線の細い山道。崖崩れで土砂が覆いかぶさり、反対側のガードレールが山の下へと崩落している箇所がいくつもあった。
穴水以南とは比べ物にならないほどの悪路を、輪島へ向かう車と穴水へ向かう車が代わりばんこに通り、かつ愛知や三重など全国から集結した消防や自衛隊の大型車両も走るのだから、当然、所々で大渋滞が発生する。20分以上車列がまったく動かず、500メートル進むのに1時間半かかった区間もあった。
気がつけば、ラジオが伝える県内の死者数が、時間とともにどんどん増えていた。輪島市に入るまで残り数キロの場所に来ていながら、ほんの少しずつしか近づけない状況が長く続いた。金沢を出てから、すでに5時間が経過していた。
(AERA dot.編集部・大谷百合絵)
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