――それをすっぱりやめられたんですね。

木久扇 やめた大きい理由はね、「僕が居てあげなくちゃダメだ」ってことに気がついたんですよ。っていうのは、弟子もまだ3人、真打じゃないのね。真打になるときには、師匠も舞台に並んで口上を言うんだけど、ずっと親身になって育ててくれた人が並んでない、師匠がいない口上っていうのは、実に寂しいもんです。だから居てあげようと決めた。それに(この人に)子どもができて、その子が成人式まで居てあげなくちゃって。まあ気がついたのが遅いんだけど。

木久蔵 いや、もう、かなわないですよ、僕だったら(がんになったら)絶対ダメです。僕には耐えられないようなことをやられてるんですよ。なんか、口で言われるよりも、親のすごさみたいなのを感じたりもしました。仕事ってのはこれくらいの思いでやらないといけないんだというのも見せつけられました。

――最後に、いま、闘病中の方、そのご家族にエールをお願いします。

木久扇 僕はね、治療中、いつもがんを叱っていたんですよね。毎朝起きると「君はね、前は胃がんで、いまは喉頭がんで、僕のからだにいつも入ってくる。だけど僕にはやることがたくさんあるし、付き合っている暇はないんだから、出てってくれ」って。それを主治医の先生に話したら、「それはいいね、やっつけるっていう姿勢があると、治る方向にいくよ」って言われたんですよ。だから、最初は落ち込むかもしれないけれど、そのあとは前向きに、したたかに、がんを叱りながら負けない気持ちでいてほしいですね。

木久蔵 家族の病気を体験すると、うちもそうだったんですけど、絆が深くなったり、家族が一枚岩になったりとか、病気になったその人が自分のなかでどれくらいの存在なのか、健康でいてくれるのがどれくらいありがたいものかとか、いろいろ見えると思うんですよね。そんなことをすべてのみ込んで、ご本人に寄り添って、共に前向きに立ち向かってほしいと思います。

(文/別所 文)
※『手術数でわかるいい病院2021』から