天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)

「環軸椎亜脱臼(かんじくつい・あだっきゅう)に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」と「敗血症性ショック」で長らく入院生活を続けていた天龍さん。今回は自宅療養中のところ、“思い出の言葉”について語ってもらいました。

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 2023年最後となるこの連載も今回で100回目なんだって。今回のテーマは“思い出の言葉”なんだけど、俺は人に言われたことを覚えてはいるが、その意味を理解し、実感するまで時間がかかるんだよね。

 だから女房にはよく「あんたはいつも周回遅れ!」と怒られたもんだ。そんな“周回遅れの天龍”が後になって身に染みた言葉について話そうと思う。

 相撲時代に言われた言葉で今でも覚えているのが、二所ノ関部屋の佐賀ノ花親方に言われた「お前らがいい恰好していられるのは『関取、関取』と若いやつらが気を遣って世話をしてくれるからだぞ」という言葉だ。

 当時、関取だった俺は「俺ら関取が下っ端の若い奴らに飯を食わせたり、小遣いをやったりしてるんだから、世話してくれて当たり前だろう」と思っていた。ところが、後に大鵬さんが二所ノ関部屋にいた内弟子を連れて独立することになって、そうなると身の回りの世話をしてくれる若い衆がいなくなったんだ。

 大鵬さんは引退間近になると、いずれ独立して部屋を持つだろうからと、内弟子を20人近くとっていた。一方、二所ノ関部屋も親方が晩年に差しかかっていて新弟子をあまりとらなかったもんで、関取の付け人を大鵬さんの内弟子がやっていたりした。それがごっそり抜けると古参しかいなくなるけど、古参は腰が重くて働きが悪い。

俺が「おい」と茶碗を出すと

 部屋で飯を食っているとき、おかわりで俺が「おい」といって茶碗を差し出すんだけど、それを受け取る若いのがいない(笑)。結局自分で飯をよそいに行ったこともあったね。

 ほかにも、風呂で体を洗ってくれるのもいないし、場所中の移動で荷物を持ってくれるのもいないから、全部自分でやらなきゃならない。あのときはカッコつかなかったよ。それで初めて「あ、親方が言っていたのはこういうことなんだ」って気づいたんだ。

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天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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