もちろん「お役所文書」の常として、「そんな楽観的な読みは許さない」とも取れる記述も散見される。読めば読むほど頭がよじれそうになるけれども、楽観的に読むことは可能である。
なお、「現在の家賃が引下げ後の住宅扶助上限額以上で、減額も転居も困難」という場合には、「福祉事務所の転居指導に従わなかった」を理由とした生活保護打ち切りが、制度上は起こりうる(生活保護法第27条)。厚労省が、配慮の必要性や裁量の可能性をどれほど強く示したとしても、生活保護利用者の生きる権利を最終的に守る仕組みはない。
●生活保護の「住」の運命は今、自治体が握っている
見方によっては、大いなる希望の光でもある、厚労省の2回の通知。最大限に「利用」すれば、生活保護世帯を守ることができる。もちろん、厚労省の住宅扶助削減方針を最大限に「利用」すれば、生活保護世帯の暮らしを今以上に劣悪なものにすることも、生活保護世帯を他の自治体に追いやるなど「減らす」こともできる。
「結局、自治体次第なんです。東京23区の中でも、対応が分かれています。東京都は柔軟に例外規定・経過措置を適用して生活保護世帯を守る姿勢ですが、都内には、都と同じ姿勢の自治体もあれば、大阪市と同様、例外規定を生活保護世帯に知らせずに転居を迫っている自治体もあります」(田川さん・以下同)
「家賃引き下げか、転居か」ならまだしも、今回の住宅扶助引き下げが、その自治体からの生活保護世帯の「追い出し」となる可能性もある。
「関東のある市では、例外規定は一切適用せず、家賃引き下げまたは転居を迫る方向と聞いています。市内での転居は事実上不可能と思われますので、市外への転居とならざるを得ないでしょう。隣の市の職員が『あちらの市の生活保護世帯が、こちらの市に多数、転居してくることになりそうだ』と言っています」
福祉に頼るしかない人々をコスト要因として他の自治体に押し付け、結果が「赤字減少」「黒字増加」となったとしても、決して賞賛されるべきではないであろう。
「もちろん、生活保護を利用していようがいなかろうが、居住・移転の自由は、すべての人に対して憲法で保障されています。けれども、福祉事務所は基本的に『管内で』と制限しがちですし、逆に、『できれば管外へ』と誘導する自治体もあります」
「居住の自由」が、生活保護利用者に対してだけ「その地域から消える自由」「施設に収容される自由」「野垂れ死にの自由」を意味することになってはならないのであるが、既に現在進行中の「住宅扶助引き下げ」という事態に対し、自治体に何ができるだろうか?
「東京都はこれまでも、厚労省の方針に対して『憲法や生活保護法等の趣旨に反するから、従わなくてよい』という方針を徹底することによって、都内の生活保護世帯を守り、厚労省の実施要領の改正に結びつけてきた実績があります。今回は、例外規定・経過措置を厚労省が出しているのですから、自治体が『住宅扶助引き下げは撤回させる』くらいの気概を持つチャンスです」
現状でも、引き下げに結び付けない運用は可能だ。さらに、政策に対して積極的に働きかける可能性は?
「すべての福祉事務所が1年に1回、厚労省に対して改正意見を出せるんです。この改正意見をもとに、厚労省はいくつかの方針転換を行っています。たとえば、以前は、小中学校に新規入学するときだけしか出せなかった『入学準備金』が、転校の場合にも出せるようになったのは、多数の福祉事務所から改正意見が出たからです。福祉事務所から、『住宅扶助基準を上げてほしい』と、国に対して物申すことも必要です」
厚労省も、冷血な悪人の集合体というわけではない。
「たぶん厚労省も現場の状況や生活保護世帯の実情に関心があり、国民のために働きたい厚労官僚が多数いるのだろうと思っています。でも今回も、自民党と財務省が決めた方針に沿って、厚労省は住宅扶助を削減することになりました。その中で、どう、実害を少なく下げるか、努力をしているのだと思います。それが、この2回の通知です」
まずは、既に施行されている住宅扶助引き下げに、どう対応するかである。
「今回、例外規定や経過措置を使わないと、ケースワーカーは、目の前で苦しむ生活保護受給者たちを見ることになります。個々のケースワーカーが、やるせない思いを抱くだけではなく、地方自治体として許されないことです。地方自治法の冒頭、第1条の2に『地方公共団体は、住民の福祉の増進を図る』とあります。機械的に家賃引き下げや転居を迫る自治体は、地方自治法に違反しています」
生活保護法に従って生活保護世帯を指導し、不正受給を摘発するなど強大な権限を持つ地方自治体が、地方自治法に違反して良い理由はない。
次回も引き続き、住宅扶助引き下げについてレポートする予定である。地域経済や不動産業界に対し、どれほどの影響が及ぶ可能性があるのだろうか?