ハルキウ州スタリ・サルティフ、ウクライナ=2022年、渋谷敦志撮影

ロシアは許せないけれど

ウクライナの取材では爆弾を落とされる側に身を置いて撮影してきた。一方で「ウクライナに、こんなに肩入れしていいのだろうか」という葛藤も抱いてきた。

「ロシアのことを許せない、という気持ちはあるのですが、ロシアが変わらないと、この戦争は終わらない。だから、ロシアのことを理解しなければならない。最近のイスラエルについてもそうですね」

しかし今、相手を理解するための対話が生まれにくくなっている。SNS上では物事を単純化した議論や意見対立が起きている。

「ネット上の意見だけを目にしていると、対立が増幅されてしまう。それが世界中に広がっている」

そんななか、渋谷さんが取り組んでいる撮影テーマの一つが「ボーダー(境界線)」だ。当初は国境や地域を隔てる壁を追いかけた。イスラエルのパレスチナ人をガザ地区に封じ込める「分離壁」のような強固な壁もある。しかし、ボーダーの多くは人々を隔てる見えない壁だという。

「ボーダーをつくるものって何なんだろう、と考えると、人間の心がボーダーをつくっているんです」

不安に思う気持ちが多種多様な人々とのつながりを断ち、分断を生んでいると、渋谷さんは訴える。不快な情報を遠ざけたり、異質な人たちと距離をとったりする。それを徐々に受け入れ、それが当たり前の社会になっている。

だからこそ、写真を通じて「対話の種まき」をしていきたいと、渋谷さんは言う。

「特に子どもたちや学生に対して、写真で何かを投げかけられたらいいな、と思います」

カレン州レイケーコー、ミャンマー=2018年、渋谷敦志撮影

写真家が考える戦争と平和

この仕事にやりがいを感じているものの、「今もしんどいです」と口にする。取材費用を捻出するのにも苦労する。「ずっと自転車操業ですよ」と、笑う。

「誰に頼まれたわけでもないのに劣悪な環境に飛び込んで、病気になったり、強盗にあったり、拘束されたり、痛い目に遭うわけですよ。そんなときはちょっとむなしくなる。何のためにこんなことをしているんだっけ、と思う」

それでもモチベーションを失わなかったのは「写真が好きだから」だ。

「もし、カメラを手にしていなかったらぼくはこんな場所に行かなかったと思います。現地で粘って、粘って、撮影する。自分がどんな写真を撮るのか、楽しみなんです」

取材活動のなかで過酷な現実に触れると、感情が揺さぶられる。それによって自分の思いも変わってきた。

「その変化そのものが写真を撮る目的になってきた。自分が変わることで、写真も変わるし、それによって見る人に伝わるものがあるんじゃないかな、と。今はそんな感覚を抱いています」

写真への強い思いの一方、来年は写真よりも文章を主体に活動するかもしれないという。

「例えば、『写真家が考える戦争と平和』みたいなテーマで、ウクライナで活動する医療者や政治家にインタビューするのもいいかな、と思っています。今年は旅続きの1年でした。正月は頭の中を整理して、考えます」

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】渋谷敦志写真集『LIVING』はキヤノンオンラインショップで販売

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