渋谷敦志さんは20年以上、世界各地で難民や貧困、さらには自然災害の現場に生きる人々を写してきた。
今年は朝日新聞のニュースサイト「with Planet」の取材でアフリカや南米の国々を訪れた。11月には長年にわたる活動を写真集『LIVING』にまとめた。
そんな渋谷さんを訪ねると、意外な言葉を口にした。
「自分は何を目指してこの仕事をやったらいいのか、わからなくなりましたよ。今、宙ぶらりんな状態になっています」
長年、平和の尊さを写真で訴えてきた。難民や飢餓がない世界を実現するために「歯車の一つとしてやっていきたい」という思いが渋谷さんを突き動かしてきた。だからこそ、難民や飢餓を生み出す戦争に対しては、「悪」という気持ちが強かった。
「年配の戦争体験者が『戦争だけはダメだ』って、言うじゃないですか。日本人は戦後、平和教育を受けてきたから、そう考える人は多いと思う。でも、ウクライナを訪れてからはその言葉を口にできなくなりました。ダメなのは戦争じゃなくて、一方的に侵略したロシアじゃないですか」
「ごめん、踏み込みすぎた」
渋谷さんは昨年夏から今春にかけて3回にわたりウクライナを取材した。北東部の都市、ヘルソンの空港では砲撃にさらされた。
「ロシア軍から奪還した直後の空港を訪れたのですが、6発くらい大きな砲弾が着弾した。ドンドンドンと、目の前に煙が上がった。本当に、腰が抜けるというのはこんな感じなんだ、と思うくらい体がすくんだ」
狙われている、と感じた渋谷さんはすぐに逃げ出した。ドローンが飛んでいないか、頭上を気にしながら大型の地雷やミサイルが放置された駐機場を横切った。
「もう、どこへ逃げればいいんだ、という感じでした。心の中で妻に謝りましたよ。ごめん、踏み込みすぎた、って。子どもの顔がよぎった」
さいわい車は無事だったので、フルスピードで空港を後にした。
「ウクライナの人々は、いつロシア軍のミサイルが飛んでくるかわからない、あの恐怖の中で生きているわけです。とんでもないことですよ」