白央篤司(はくおう・あつし)/1975年、東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。出版社勤務を経てフリーに。メインテーマは「暮らしと食」。著書に『にっぽんのおにぎり』『自炊力』『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』『台所をひらく』などがある(撮影/小黒冴夏)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 日常の「食」として私たちに馴染み深い鍋料理。18人に「きょうの気分で鍋を作ってください」と頼み、自宅を訪ねて下ごしらえから取材をし、時には一緒に味わいつつ話を聞いた記録が本書である。「鍋」に対する思い込みから離れ、じっくり一人一人の話に耳を傾けてみると、湯気の向こうにその人の姿が立ち上がってきた。気鋭のフードライターが綴る、鍋と人間の物語となった『名前のない鍋、きょうの鍋 鍋を通して垣間見えた18人の暮らしと人生』。著者の白央篤司さんに同書にかける思いを聞いた。

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 冬の食卓に欠かせないのが身体も心も温まる鍋である……と書きたくなるが、フードライターの白央篤司さん(48)はその前提が本当か、ふと疑問を持った。仕事で出会った人から「鍋つゆの素がなかったら鍋はしない」「パッケージに書いてある通りに作る」と聞かされたからだ。白央さんにとって鍋とは、職業柄冷蔵庫にたくさん残りがちな食材を消費するためのもの。しかし世の中には、きちんとしたレシピがなければ鍋料理をしない人たちもいるのだ。

「衝撃でしたが、考えてみたら日常的にあまり料理はせず、さほど興味ない人も多い。私は自分の常識だけで鍋のありようを決めつけていたなと」

 それなら普通の人たちはどんな鍋を作り、食べているのだろう? 白央さんはwebサイトでの連載を提案して実現させ、本にまとめた。18人の自宅のキッチンから生まれるそれぞれの鍋。白央さんは彼らの冷蔵庫を観察し、料理する手元を見つめ、じっくり話を聞いていく。そこには多彩な個人史があった。

 一人暮らしを始め料理を楽しみつつも、将来に悩む女子学生。妻に先立たれ、料理を覚えて自立していく高齢男性。いろいろな世代の家族一人一人が手分けして支度し、おいしい鍋を楽しんでいる大家族。郷里の母仕込みの鍋を作る韓国人男性。以前は嫌っていた農家を継ぎ、もぎたて野菜の鍋を味わう若い農園主。ごく普通の人たちがふと自分に心の内側を見せてくれる瞬間があったことを喜びつつ、対象と適度な距離を保とうとする姿勢が好もしい。

「こんなにもユニークで魅力的なライフヒストリーを持っている人がいるというのが驚きでした。普段私が取材するのは『食』のプロであることがほとんどで、中にはすっかり取材慣れしている方もいます。でもこの本でご紹介したのは、人生で初めて取材を受けたという方がほとんどです」

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