(c)2023 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH
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 リトアニア出身のユダヤ人、ダニエル・ハノッホ(91)は、9歳でゲットーに送られ、12歳でアウシュヴィッツ強制収容所へ連行される。悪名高きヨーゼフ・メンゲレ医師に気に入られて収容所生活を生き延びていくが、そこにあったのは真の地獄だった──。衝撃のホロコースト証言シリーズ第3弾「メンゲレと私」。監督のクリスティアン・クレーネスさんとフロリアン・ヴァイゲンザマーさんに本作の見どころを聞いた。

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 ダニエル・ハノッホと出会ったのはシリーズ1作目の「ゲッベルスと私」のイスラエル上映会です。上映後、加害者側に加担した元秘書の証言を聞いた観客は静まり返っていました。凍り付いた会場で立ち上がり「ホロコーストの過去と向き合うためにこの作品は重要だ」と言ってくれた男性がいました。それがダニエルだったのです。

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 彼は12歳でアウシュヴィッツに送られ、ユダヤ人の双子を縫い合わせるなど非人道的な人体実験をしたメンゲレ医師に寵愛され、壮絶な地獄を生き延びてきました。彼の話から「日々、どう行動するか」の決断や選択があり、そこに子どもならではの素直さや直感の凄さが働いていたことがわかります。「ここを出るのだ」という未来への希望も伝わってきます。

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 かつては「チャイルド・サバイバーの証言は信用できない」とする論調もありました。実際、大人でも記憶は選択的で、のちの知識で修正・誇張されたりするものです。しかしダニエルの証言にそうした印象は一切受けませんでした。彼が純粋であったゆえに体験が深く刻まれているからだと思います。それを裏付けるのがグンスキルヒェン小キャンプでの体験です。研究者はそこでの死者数を少なく見積もっていましたが、最近ダニエルが語った死者数が正しいことが認められました。子どもの能力を過小評価してはいけないのです。

クリスティアン・クレーネス(左)、フロリアン・ヴァイゲンザマー(監督)Christian Krones、Florian Weigensamer/「ゲッベルスと私」「ユダヤ人の私」などを製作。12月3日から全国順次公開 (c)2023 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 ホロコースト証言シリーズをはじめた当初から世界状況がナチスドイツの台頭前と似てきたと感じていました。でもこんなに急速に世界状況が悪化するとは思っていなかった。それでも我々はこの状況下でどうするべきなのかを、過去を知る人々の証言から学ぶことができます。歴史の転換点であるいま、当事者の言葉からみなさんに伝わるものがあればと思います。

(取材/文・中村千晶)

AERA 2023年11月27日号