今年から「仕事を覚えたい」と30代の次女がラボに通う。暗室作業は手の感触が頼り。特に現像はわずかでも手が滑ったらフィルムに傷がつく。失敗は許されない。
「だから怖いで。でもその緊張感がなかったらあかん」
露光時間は勘。印画紙を現像液の中に素手で入れ、像が鮮明に浮かび上がる過程をなめらかな手つきで行う。
「上手に焼けるかどうかは何枚焼くか。僕も何百万枚と焼いてきてるから」
かけ出しの頃、自らがそうしたように「見ながら覚える」を実践させる。写真学校にいた頃から変わらないやり方を、半世紀続けている。
「やっぱりこの仕事が楽しい。今でも新鮮な気持ちで焼いてるし、ええ感じに仕上がったらゾクッとする」とにっこり。そしてつぶやくように言った。
「僕はこれしかでけへんから」
(ライター・桝郷春美)
※AERA 2023年11月13日号