〈今まで遠い存在だと思っていた集団の輪の中に入って、彼らの脳と自分の脳を同期させるよう努めてください。そうすると、意外な世界を知ることができます。この「見え方の違いの発見」が記憶を刺激し、チグハグだった脳の思考回路をつなげるきっかけになるのです〉
阪神ファンの会話聞き
以前は苦手だったものも、時代を経ると、意外にそうではなかったことに気づく。それは「苦手」を形作っていた脳の近くに、自分でも気づかないうちに別の脳番地が育っているから。その体験を得るには記憶の上塗りや、出会い直しが効果的──。だから今、自分はここにいるのだ。
そう言い聞かせ、阪神ファンがたむろする売店近くの喫煙コーナーに身を寄せた。すると、ここでも同じ見解を聞くはめに。
「ヤクルトは(試合を)やりたいんですよ」
数人のグループの会話に耳を傾けていると、その論拠がわかった。ヤクルトはチケット販売に際し、曜日や人気によって価格を変動させる「ダイナミックプライシング」を導入している。今回チケット売買サイトで購入した筆者は気づかなかったが、この日(9月22日)の阪神戦は通常6200〜7千円のSS指定席三塁側が1万3600円と倍近くまで上昇。外野指定席Aは右翼席3200円に対し、左翼席は8500円にまで跳ね上がっていたのだ。
「消化試合なのに金もうけたいからやるんですよ」
別の阪神ファンが達観したように言った。阪神は8日前のカードでリーグ優勝を決めていた。
なるほどな、よう知らんけど、と筆者も心でつぶやいていた。明らかに関西弁のイントネーションで「標準語」を話す人たちの輪の中に身を委ねていると、懐かしさのせいか思考も関西風にアレンジされていくようだった。
そう言えば、何かと損得勘定で考える癖は筆者にもある。実際、この試合が中止になると経費浮くなあ、とぼんやり考えていた。だが、そういうことをあえて口にするのは一種の照れ隠しなのだ。悪気はない。
そんな自分と阪神ファンをフォローする思考をめぐらせていると、「雨天のため試合開始を午後6時半に遅らせます」という場内アナウンスが流れた。すかさず傍らの中年女性が、
「30分遅らせたぐらいでは無理よね。阪神園芸さんもおらんし」
とツッコミを入れる。仮に雨がやんでも短時間でグラウンド整備は無理、と言いたいわけだ。「まあな」という感じで周囲もうなずく。こういう会話の色やテンポにも既視感があった。