とはいえ、手術なしの性別変更には一部市民に強い反発がある。とくにトランス女性への風当たりが強い。ヘイトまがいのデマや偏見もあるが、男性器を備えた女性の出現が「女性スペース」の心理的安全性を脅かすとの主張には説得力がある。生殖不能要件は違憲、外観要件については判断を下さずという今回の最高裁の決定は、そのような世論を考慮した苦渋の選択の面もあったのではないか。
今後論点は外観要件の是非に移ることになるが、解決は難しい。人権の観点では外観要件も撤廃が望ましいが、現実には両性の身体にはイメージに大きな差異がある。男性の身体に恐怖を覚える女性は数多くいる。女性の身体を恐れる男性はほとんどいない。実際に多くの性暴力は身体男性から身体女性に向けられている。この非対称性が消えない限り、そう簡単に性も身体も自由に選べるという話にはならないだろう。
かつて性は与えられるものだった。いまは自分で選べるものに変わった。しかし「他者が自分をどう見るか」まではコントロールできない。性別変更の問題は、煎じ詰めればそんな哲学的問題に通じている。
※AERA 2023年11月6日号