主人公の遺影のシーンから始まる衝撃的なデビュー作「富江」
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 先週から2週にわたって『NHKアカデミア』(NHK Eテレ/後編:11月1日22:00~)で特集される漫画家の伊藤潤二さんは『富江』『うずまき』の作者として知られ、いまや日本が世界に誇るホラー漫画家だ。「漫画のアカデミー賞」とも呼ばれる米アイズナー賞を4度も受賞し、今年は世界的な漫画イベント、仏アングレーム国際漫画祭や米サンディエゴコミコンで名誉賞を受賞するニュースも入ってきた。そんな伊藤さんがはじめて自身のルーツや作品の裏話、さらには奇想天外で唯一無二な発想法などについて明かした『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』を今年書きあげた。ここでは、その一部を抜粋・再編集してお届けする。

【漫画】作品を重ねるごとに美しさも増していく富江

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富江が史上最高の美女である理由

 私がペンとインクを使って初めて完成させたデビュー作『富江』。この作品で挑戦したかったのが、「この世で最高に美しい女性」を描くことだった。ホラー漫画における美女は、トーストにおけるバター、シーチキンにおけるマヨネーズ、唐揚げにおける……とまあ、つまりは恐怖を引き立てるために欠かせない存在なのである。恐ろしさを際立たせ、増幅される「装置」と言い換えてもいい。

初期作品の富江には幼さと妖艶さが同居している。「富江 地下室」より

 これは私独自の考えというわけではない。私が敬愛する楳図かずお先生の『ミイラ先生』もそうだが、美女を横に並べることで化物の醜悪さを際立たせるという手法は、ホラー漫画の草創期から繰り返されてきた。また、目鼻立ちのはっきりとした顔は、表情によって恐怖をわかりやすく読者に伝えてくれる効果もある。

 富江の場合は「化物そのものが美女である」という点で、これまでのホラー漫画の文脈からは少し外れた存在といえるかもしれない。それも「あまりの美しさに出会った男たちが正気を失っていく」のであるから、ちょっと大げさかもしれないが、史上最高の美女でなければならないのだ。

唯一無二の美しきモンスター「富江」

伊藤潤二著『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』(朝日新聞出版)では、アイデアやストーリーのつくり方、キャラクターの生み出し方など、伊藤さんの頭の中をさらけ出しています

 富江の顔やスタイルを創造するうえで、私はポーズ写真集ファッション誌のモデルの顔などをいくつも模写した。また、依光隆先生や谷俊彦先生などの画家がSFジュブナイルの作品集に描いた女性の挿絵も、ずいぶんと参考にした記憶がある。もともと私は、漫画的なかわいい絵よりも、リアルなタッチで描かれた美女のほうに魅力を感じる性質だ(ただし高橋留美子先生の音無響子さんは例外である)。富江が頭にカチューシャをつけているのも、眉村卓先生のSF小説『なぞの転校生』で見た女子生徒の挿絵がきっかけになっている。
 

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