作品を重ねるごとに富江の美しさも増していく。「富江 ある集団」より
作品を重ねるごとに富江の美しさも増していく。「富江 ある集団」より

 ところで私の漫画はときどき「真面目に描いているのかギャグで描いてるのかわからない」「これは笑わせにきてるのですか?」といった質問を受けることがある。

 富江の死体を解体しているシーンで男子生徒たちが「大腸って太い」とか「彼女、今日の昼はサンドイッチか……野菜が多い」といった妙に間の抜けた会話をしているのも、見方によってはギャグの延長線上にあると言えるかもしれない。こうしたブラックユーモアというか、異常なシチュエーションと日常的なセリフのズレが生み出す面白さみたいなものは、筒井康隆先生や大友克洋先生の初期作品からの影響が強い気がする。
 

 そのほか『富江』では、大友先生の作品から影響を受けたポーズやカメラアングルも多分に盛り込んだ。走る人間を真上から描いたり、会話する2人を下からあおって描いたりするなど、若いころは「誰も見たことのない斬新なカットを描きたい」という気持ちが強かった。そのため漫画の中にも、昔の大映映画にある「傘をさして歩く人を真上から撮ったシーン」のような、映画的な構図を積極的に取り入れていた。

 ちなみに映画からの影響という点では、『富江』のラストシーンもそうだ。最後に海岸で、心臓から再生する富江を発見して女子生徒が驚愕するシーンは、映画『猿の惑星』のラストシーンを少し意識している。このように『富江』の人物像や物語は、さまざまな狙いや願望、偶然などが混じり合って少しずつ出来上がっていった。 

 そのすべてが成功したとは言えないかもしれない。しかし人間でも、幽霊でも、妖怪でもない、「富江は富江である」としか言えない得体の知れない存在を曲がりなりにも生み出すことができたのは、とても幸運なことだったと思っている。

伊藤潤二さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・東川哲也)
伊藤潤二さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・東川哲也)
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伊藤潤二

伊藤潤二

高校卒業後、歯科技工士の学校へ入学し、職を得るも、『月刊ハロウィン』(朝日ソノラマ)新人漫画賞「楳図かずお賞」の創設をきっかけに、楳図氏に読んでもらいたい一念で投稿。1986年、投稿作「富江」で佳作受賞。本作がデビュー作となり、代表作になる。3年後、歯科技工士を辞め、漫画家業に専念。「道のない街」「首吊り気球」「双一」シリーズ、「死びとの恋わずらい」などの名作を生みだしていく。1998年から『ビックコミックスピリッツ』(小学館)で「うずまき」の連載を開始。その後も「ギョ」や「潰談」など唯一無二の作品を発表し続け、2017年には漫画家生活30周年を迎えた。

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