

展覧会のオープン前日の会場で、ハシゴに乗って壁に貼られた小さな紙片に、夢中で何か描いていた荒井さんに尋ねてみた。いったい何を描いているんですか?
「回顧展と言われても、オレ、まだ生きてるし(笑)。過去を振り返るのも好きじゃない。回顧するより参加したいんですよ」
描いていたのは「千葉」という地名にちなんだモチーフだった。この展覧会は全国に巡回していくが、ただ「パッケージ」を回すだけにならないように、この地ならではの構成を心がけたという。
例えば千葉という地名は「千枚の葉」が元という説から、葉っぱの絵も見える。カードのいくつかには葉書という言葉の語源になったタラヨウという葉っぱの絵を描き、全部まとめて「千葉書」(ちばがき)という作品タイトルを付けた。


王道をあえて避けて
そうして名付けた展覧会のタイトルが、「new born」。
「rebornという言葉は市民権を得て、イメージが確立されているじゃないですか。そこにあぐらをかいて、この言葉を使うのは嫌だなと思って。(反対に)いいなと思ったのは子どもがね、一日中遊び回って疲れはてて眠ってしまい、次の日、パーッて生まれ変わるみたいなイメージ。僕ら大人も、そうしなきゃいけないなと思って浮かんだのが、『new born』というタイトルでした」
この展覧会タイトルからもわかるように、何かとアマノジャク。もちろんいい意味で。11年の本誌「現代の肖像」(文・村尾国士)に登場したときの記事にあった「B面狙いのアーティスト」というフレーズを思い出す。王道をあえて避けて歩く一種のアウトサイダーのことを言う。あれから干支がひとまわり。荒井さん、今もB面志向です?
「視点って人それぞれあるはずなのに、みんなわーっと同じ方向を向いてしまうことがありますよね。その心理も分かるんです。でも『俺はそう思わない』っていう独自の視点を持っている人がいてもいい。これからもずっとB面、狙いますよ」
絵を描くのは、芸術のためなんかじゃなくて、世の中とつながりたいから。絵を描くことが、荒井さんと世の中を「媒介してくれる」のだという。どうやらバスは来そうにないが、まだまだ続く荒井さんの「たび」につきあおう。(ライター・福光恵)
※AERA 2023年10月30日号
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