昭和26年暮れ、東京の下町で夫と金物屋を開いていた女性が、夫がばくちのカタに入手した吉原の家に移り住んだ。おきちこと、高麗きち。本書刊行時で94歳。あらゆる水商売を手がけ、「この商売はよ、人殺しを使えるようじゃなきゃやってらんねーんだよ」と喝破する。
 著者はそんなおきちの元に通い、松の葉を水に漬けた特製ドリンクを飲んだりしながら、四方山話に耳を傾ける。昭和30年代、おきちのキャバレーでは、青大将を女性器に入れて客の間を歩く女性がいた。蛇と愛し合っているという。写真が載っているが、生きることの哀しさと靱さが伝わってくる。
 おきちの家には、吉原の史料が大量にある。著者の関心も自ずと、風俗の近現代史へ向かう。関東大震災、戦争、赤線廃止、改正風営法施行……。業界が逆風を乗り越える姿からは、性が人の根源にある様子がにじむが、昨今の吉原は閑古鳥が鳴いているという。複線的に、上野の浮浪児から一大ソープチェーンを築いた男の一代記も描かれる。ロールスロイスに乗る彼の日課は公衆便所の掃除。示唆に富む。

週刊朝日 2015年6月26日号