初期研修中に妊娠・出産する女性はそれほど多くはないだろう。なのに男女差がつくのはなぜか。

「複数の因子が考えられますが、所属長の意向は大きな要因の一つだと思います。研修医は一人で執刀できるわけではなく、上司に指名されて初めて手術ができます。所属長が固定的性別役割分担意識が強い場合、女性医師には低難度手術、男性医師には高難度手術が割り振られる傾向があるようです」

 外科の場合、部長や教授といった所属長の立場に立つのはほぼ男性医師。消化器外科でトップに立つ女性の割合は1%未満だ。

 外科の場合、高難度手術の経験が豊富な医師は高く評価され、指導的立場に就くことが多い。しかし難しい手術を経験できなければ、所属長になることは難しい。河野医師は「外国の研究ですが、指導医が女性の場合、執刀医の男女差は少ないことがわかっています」と言う。

 では、性別によって手術成績に差はあるのだろうか。

「そんなことはありません。消化器外科の女性医師は、よりリスクの高い患者の手術を執刀するケースが多いにもかかわらず、手術成績に男女間の差はありませんでした(22年、大越香江医師らの共同研究による)。適切なトレーニングを受けることで、女性も男性と同等に実力を発揮できるのです」

女性医師を増やすことで男性も働きやすい職場に

 河野医師らの研究は注目を集め、日本消化器外科学会は23年の総会において男女機会均等を推進する「函館宣言」を発表した。学会は今後、定期的に男女の執刀数を検証し、32年までに中難度手術の男女差をなくすことを宣言している。「ようやくここまできました」と河野医師は言う。河野医師自身、外科医になって6年目で出産し、産後1年で「育児支援に積極的」といわれる病院に職場復帰した。

「ところが、手術の執刀も患者を受け持つことも許されませんでした。24時間365日患者対応ができないなら、責任ある役割をまかせられないというのが理由です。妊娠して別の科に移る後輩、涙ながらに外科を辞めていく後輩も見てきました」

 私生活をすべてなげうって働くことを当然とする職場は、性別にかかわらず負担が大きすぎる。ワーク・ライフ・バランスの重要性が注目されはじめるなかで、この問題こそが外科医不足を招いている主たる原因だと河野医師は言う。

「女性外科医を増やすのは、単に労働力を補うためではありません。男性中心型労働慣行や社会的価値観の変革にもつながるはず」

 河野医師は消化器外科としてキャリアを積む一方で、女性の小さな手にも使いやすい手術器具の開発も進めるなど、ジェンダーギャップの是正に取り組んでいる。

「外科の仕事は、人の生命に直接関わることができ、非常に魅力的です。興味があるなら自分で天井を決めず挑戦してみてほしいと思います。人生は一度きり。やりたいことをやるのが一番です」

(文/神 素子)

河野恵美子医師 「消化器外科女性医師の活躍を応援する会(AEGIS-Women)」会長

※週刊朝日ムック『医学部に入る2024』から