米田さんは当時、広島県芸北町(現・北広島町)の町役場の近くに住んでいたが、自宅がクマの通り道になっていた。クマは残飯を求めて役場の食堂や家々を渡り歩き、学校の校庭も通っていたという。
一方で、ツキノワグマは中国地方では絶滅危惧種に指定され、保護される対象でもあった。
「家の中にもクマは何回も入ってきました。帰ったら、玄関のドアが開いている。おや、と思ったら、入口は8畳の倉庫になっていたんですが、奥の方で黒いものが寝ている。『出ていけ!』って叫んだら、私のわきをさっと走って出ていきました。そのとき、長靴をくわえていったんですよ。『置いていけ!』って、スリッパを投げつけたら尻に当たって、長靴を落とした。広島県にはそんなクマが普通にいました。これからは全国的にどんどん増えるでしょう」
人と遭遇するとガツンと攻撃
人間の世界に、ますます近づいてきているクマ。米田さんはそんなクマたちの姿を、カメラで追い続けてきた。
意外なのは、撮影されたクマたちの表情が穏やかなことだ。それが森に生息するクマの本来の姿だという。
「クマはむやみに人を襲う動物ではありません。基本的に人間の存在を察知すると、そっと逃げていきます。クマが人間以上に恐れるのは同じクマです。特に恐ろしいのは山奥にいるオスの大グマで、若いクマやメスグマ、母子グマは大グマとの接触を避けるため、里山に住みつくわけです。特に若いクマは人間が危害を加えない存在だと学習すると、人を恐れなくなります」
米田さんの背後に一緒に写ったクマもリラックスした表情をしており、警戒心はまるで感じられない。
ところが、「同じクマでも、森にいるときと、平坦な市街地に出てきたときでは、全く別ものです」。