いじめられたネガティブな体験をバネに、社会問題解決型の起業をした人がいる。いじめ通報アプリ「スタンドバイ」を開発した谷山大三郎さんだ。彼を突き動かした原体験とは。AERA 2023年10月2日号より。
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「このクラスで人を傷つける行為を私は絶対に許さない」
小学5年生のときにホームルームで下した担任の先生の強い言葉が、谷山大三郎さん(40)が起業した原点になった。当時猫背だった谷山さんは級友たちから姿勢をいじられていた。それはやがて暴力にまでエスカレートしたが、「やめて」のひと言が怖くて言えなかった。だが担任の「お前らの大三郎への態度はひどいぞ」のひと言でいじめはなくなった。名前を出されたのは恥ずかしかったが、救われた。
谷山さんが開発したいじめ通報アプリ「スタンドバイ」の使い方は簡単だ。児童・生徒がスマートフォンやタブレットにアプリをインストールしておき、報告・相談事があると立ち上げてタップすると、メッセージを打ち込む欄が現れる。メッセージは匿名で送られ、受け取った側がわかるのは所属の学校名と学年だけ。男女もわからない。
メッセージを送ったあともアプリに装備されているチャット機能で匿名のまま相談ができる。相談員は契約主体によって異なるが、多くは自治体の教育委員会の職員である。学校は関与しない。「いじめはなかなか学校の中だけでは解決できない」(谷山さん)という想いがあるからだ。
これまでのいじめ相談では、保護者・教師・友人に直接という形だったが、スタンドバイでは《学校の外の人》に《匿名》で相談が可能なのが最大の特徴だ。そしてここが、当初は多くの現場教師たちから反対されたところでもある。
「自分の頭越しに教育委員会に相談されるのに抵抗があったようです。相談事で仕事が増える、という意見もありました」(谷山さん)
最初の1年間は全く導入先が見つからず、退職金をつぎ込みながら「そろそろ倒産かな」と覚悟していたときに、大阪の私立校が採用してくれた。その後、「いじめ相談」のあり方に問題意識を持つ自治体の間に口コミで広がっていき、23年度は全国で33の自治体が導入、36万人あまりの児童・生徒が利用している。利用契約は1年単位だが、更新を取りやめたところはないという。