本書を『ジョジョの奇妙な冒険』の作者が明かす漫画の描き方……と説明してしまうと「自分は漫画を読まないから関係ない」と思われてしまいそうだが、ちょっと待って欲しい。それはあまりにも勿体ない。
漫画術と銘打たれてはいるが、本書は仕事術である。多くのスター作家を抱える『週刊少年ジャンプ』という場に、無名の新人だった男がどうやって自分の居場所を作ったのか? 王道漫画を志しながらも既視感のない作品を描くためにどのような創意工夫をしたのか? こうしたエピソードは、わたしたちがビジネスシーンで自分の存在をアピールするためのヒントとして読むことができる。
たとえば「リアル化」と「シンボル化」という言葉を使って絵の描き方を説明するくだりでは「もし、すべてにリアリティを追求していったら、読者はいったいどこを見ていいのかわからなくなってしまいます。僕自身、伝えたい気持ちが強すぎて、その勢いで描き込みすぎてしまう失敗を犯したことがあるのですが」と、自身の弱みを見せながら、シンボル化することの重要性を説く。あるいは「自分とは違う意見や疑問に思う出来事、理解できない人」との出会いは「アイディアが生まれる気配がぷんぷん立ち込めています」と語り、自分とは相容れないものからでも仕事を作り出すことができるのだと読者を叱咤する。他にも「漫画のこと」として片付けるには勿体ない、応用範囲の広い仕事術がどんどん出てくる。
荒木作品に登場する「ジョジョ立ち」と呼ばれる独特なポージングや「ズキュウウゥン」「メメタァ」といった、彼にしか思いつかないユニークすぎる擬音を見ていると、はじめから「型破り」な漫画家だったのだろうと思ってしまうが、本書を読むと、実はかなり愚直に「型=王道漫画の描き方」を意識していることが分かる。荒木は一流の漫画家にして一流の仕事人。その流儀を新書価格で学べるなんて、お得すぎる。
※週刊朝日 2015年5月29日号