「思い出したの、昔の気持ち」
「自分だけが皆から外れたとこにぽつんといる感じ」
「私は現実に参加できていないみたいな」
本をつくっていた時岡田さんがふとした話を思い出した。
学校にいけず、ずっと家にいると、自分は変化をしていないのに、たまに電話をしてきたり訪ねてくる友人の話がめまぐるしく未来に向かっていることにたじろいだ、と。前に話をした時あの子は、あの男子が好きで好きでしょうがなかったはずなのに、その人の話はまったく出てこず、別の人に夢中になっている、とか。
映画には武甲山とおぼしき山も出てくる。武甲山を始めとする秩父を囲む山々は、当時の岡田さんにとって、閉じ込められる「緑の檻」だった。
国語の女性教師が、「秩父のセメント業を身を削って支えてきた武甲山に感謝の作文を書きましょう」と言った武甲山を、岡田さんは爆破したいと真剣に思っていた。
本ができてサイン会を池袋の書店で開いたときのこと。そもそも知らない人に会うのが苦手な岡田さんをやっとのことで説得してサイン会をした。固い表情をした少女が「私もずっと学校に行けません」と言って震える手で本を差し出したときに、岡田さんはにこやかに笑ってサインをしたあとで、涙ぐんでいた。
岡田さんに変化が訪れたのは、高校卒業後、長いトンネルを通って東京に出て一人暮らしを始め、ゲームの専門学校に入ってからだ。
ここで、物語をつくる、シナリオを書くという生涯の仕事にめぐりあう。
『アリスとテレスのまぼろし工場』も、第五高炉に閉じ込めていたその少女をトンネルを使って現実の世界に返すというのがクライマックスだ。
現実の世界を汽車がひた走るラストの映像は、18歳の自分自身へのオマージュでもあるのだな、と思った。
29年前に一人の少女が、あの部屋を出て、トンネルを抜けて未来へ向かったのだ。
下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。
※AERA 2023年9月25日号