「誰しもが勇敢に一貫した意見を言えるわけではないですし、簡単に正義の答えを出せるわけでもない。簡単な答えなんて、どこにもない。それでも人間は生きていける。そんな思いを込めたつもりです」
ラウリはいまも生きているのだろうか。何者でもない人間だからこそ、読みながら激動の時代が生み出す不穏な空気にのみ込まれそうになり、不安な気持ちにもなった。宮内さんも「悲劇へと突き進みかねない作者の思惑と、それに抗おうとする登場人物たちのせめぎ合いを感じながら執筆していた」と明かす。
MSX、ブロックチェーン、量子コンピュータ……。かつてプログラマーとして働いていた宮内さんに「専門知識があればより深く楽しめるのかもしれない」と打ち明けると、「『プログラミングってこんなに面白いんだよ』って、むしろ詳しくない読者に向け書いているところがあるんです。自分が好きなものは、みんなにも好きになってほしくて」と軽やかな答えが返ってきた。
無機質になりかねないコンピュータの世界と情景描写の美しさが融合し、奥行きのある世界が立ち上がっているのもこの物語ならではだ。
「じつは、プログラミングと小説を書くのって、似ているんですよ」と宮内さん。
「どちらも自分の手の中で、一つの世界を作り上げていく。そうした意味で、両者はとてもよく似ていると思います」
(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2023年9月11日号